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 印刷 2023年11月21日デイリー版1面

解説】船主の地政学的リスク、100%コントロールは困難

 過去、海運大手の「地政学的リスク」は配船先のリスクを指した。

 中東でのイラク戦争(2003年)、ウクライナの穀物回廊など「戦争保険」が適用されるケースである。

 しかし、今回、日本郵船がイスラエル系船主から用船した「GALAXY LEADER」の拿捕(だほ)は、「船主の地政学的リスク」という新たな問題である。

 邦船オペレーター(運航船社)が用船中の船舶が、船主の属する国を理由に拿捕されたケースは過去例がない。

 19年に日本の海運会社、国華産業のタンカーがイランの攻撃を受けたとされる事件があった。しかし、これは特定の船舶を狙うのではなく、イランがオマーン湾を通航するサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)のタンカーも不特定に攻撃した。

 海運大手は自動車船のほか、コンテナ船、LNG(液化天然ガス)船など投資額が大きい船舶を、全て自社保有することはできない。日本郵船や商船三井は1社当たり700―800隻、川崎汽船も400―500隻を常時運航する。自動車船は1隻の船価が大型船で100億円以上する。

 イスラエル系船主は自動車船やコンテナ船を保有する船主が複数存在し、邦船オペも用船契約を結んできた。

 同様に船主の地政学的リスクを考えるなら、現在、中国リース会社が中国造船所で大量の自動車船を建造している。ロシア・サハリン2プロジェクトから日本にLNGを調達するために、海運大手はロシア船主とコンソーシアムを組むこともある。

 船主の地政学的リスクを考えた場合、世界中に配船網を持つ海運大手にとっては、そのリスクを回避できないケースもある。

 最近、確かに「船主の地政学的リスク」を声にする邦船首脳も多かった。有事の際を念頭に日本政府の保護対象となる「日本籍船」を増やす動きもある。

 しかし、この場合の「日本籍船」はあくまで日本のエネルギー安全保障に基づくものであり、商業運航する船舶を全て日本籍船にすれば、邦船オペは運航費用面で大きな制限を受ける。

 実際、現時点で日本政府も、今回の拿捕船が海外籍で、日本人船員がいないため、対応のしようがない。

 オペは船主を決める際、船舶の安全性を第一に起用を判断する。

 資金洗浄・テロ資金供与国などを除き、政治的な面で船主の地政学的リスクを100%コントロールすることは難しいのが実情だ。(山本裕史)