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 印刷 2022年08月02日デイリー版4面

記者の視点/松下優介】生き残り賭ける日本造船業。公的な使命に持続可能な対価を

 「世の中には、立場が弱い人から買うモノの値段をたたくだけたたいて、刹那的に利益を追う人が増えてきている気がしてならない。この風潮が続けば造船会社も皆、廃業してしまうのではないか」

 今治造船が先月20日に開いた年に一度の定例会見。記者団の質問に終始和やかに答えていた檜垣幸人社長の表情が、この言葉と共に引き締まった。

 新造船の今後の受注方針に触れた時だった。

 造船業はロシアのウクライナ侵攻に端を発した世界的な資源高を受け、鋼材を含む資機材価格の上昇圧力の高まりに直面している。造船用鋼板の価格は足元でも過去最高水準にあり、今後どこまで値上がりするか読めない。それでも造船所が新造船を受注する場合、2―3年後に竣工する船を今、固定価格で成約せねばならない。

 檜垣社長はこうした事業構造に触れた上で、次のように語った。

 「昨今の地政学リスクの増大を受け、先物を固定価格で受注する造船業の経営は非常に難しくなっている。全世界が長期的な視野で物事を考えるようになってほしいと期待している」。これが、冒頭のセリフにつながった。

     ◆

 檜垣社長が指摘する通り、造船業が背負うリスクはかねて不当と思えるほど大きい。

 新造船価が原価とほぼ無関係に、海運市況次第で激しく上下動するマーケットリスク。受注から竣工までにタイムラグがあり、その間に為替の円高ドル安が進めば、ドル建ての建造契約の円換算収入が--目減りする為替リスク。同じくその間に調達する資機材価格の上振れリスク―。

 中でも今かつてないほど高まっているのが、三つ目の資機材高リスクだ。

 今治造船の新造船受注は2021年度、昨年1月にジャパンマリンユナイテッド(JMU)と設立した商船営業・設計合弁会社「日本シップヤード(NSY)」の面々の躍動もあり、過去2番目に多い129隻に達した。

 それでも、檜垣社長の表情に安堵(あんど)の色は見えない。鋼材を含む資機材価格のさらなる上昇リスクを考慮すれば、「今年このまま受注を進めて良いのか、迷っているのが正直なところ」だからだ。

 資機材価格の今の高騰は、それほど異例なのか。

 「船価は上昇基調にあり、為替も円安で追い風が吹いているが、それらが全て、鋼材などの資機材価格の上昇で取られそうな感じがしている」

 「造船経営は常にボラティリティー(変動性)が激しいが、船価がようやく十数年ぶりの水準に戻りつつあるにもかかわらず、コストがこれほど上がるのは経験がない」

 創業120余年の日本造船最大手、今治造船・檜垣社長の言葉は重い。

 「今は稼ぎを大きくすることなど考えられない。生き残ることが先決だ」

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 檜垣社長が世界に求める「長期的な視点」とは何だろうか、と考える。

 海上物流はコロナ禍の中でも止まることなく、世界経済と人々の暮らしを支え続けている。ウクライナ危機で同国出し穀物の出荷が停止しても、代替ソースから調達した品を世界の人々が手にできるのも、船があってこそだ。

 海上輸送は社会インフラであり、それを担う海運・造船業が世界に必要であることは論を持たない。特に島国の日本で仮に造船業が消滅すれば、自国で使うエネルギーや生活物資を中国・韓国が建造した船で運ぶことになる。海運・造船業は日本に必要不可欠な産業で、持続可能であるべきだ―。

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 皆が口ではそう言いながら、いざ目の前の商談に臨むと、運賃や船価を経費扱いし、買いたたきたい衝動に駆られることはないか。海運・造船業は公的な使命を担う一方、利益を上げねば存続できない民間企業だ。これを長く持続可能にしたいなら、環境対応船建造の追加費用を含め、コストに見合った対価が欠かせないはずだ。