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 印刷 2022年04月27日デイリー版1面

対談 商社船舶部の未来】(上)伊藤忠商事プラント・船舶・航空機部門長代行 藤本博和氏×三菱商事船舶部長 岡隆文氏、トレードの「次」探る

伊藤忠商事 プラント・船舶・航空機部門長代行 藤本 博和氏
伊藤忠商事 プラント・船舶・航空機部門長代行 藤本 博和氏
三菱商事 船舶部長 岡 隆文氏
三菱商事 船舶部長 岡 隆文氏
三菱商事と伊藤忠商事は投資に動くべき明確な船価基準を設定している
三菱商事と伊藤忠商事は投資に動くべき明確な船価基準を設定している

 脱炭素化やSDGs(持続可能な開発目標)、デジタルトランスフォーメーション(DX)の波が海事産業に押し寄せる中、日本の海運・造船の発展を支えてきた商社船舶部も転換期を迎えている。船舶分野で新規ビジネス開拓を積極化する三菱商事の岡隆文船舶部長と、保有船事業で収益基盤拡大を進める伊藤忠商事の藤本博和プラント・船舶・航空機部門長代行に、商社船舶部が直面する課題と進むべき針路について語り合ってもらった。

(司会 柏井あづみ)

 司会 まず商社船舶部の祖業と言える「トレーディング」(新造船・中古船・用船の仲介)について聞きたい。50―60年前の日本造船所の輸出支援から始まったトレーディング事業は、今どのような課題に直面しているのか。

 岡「トレーディングは、船舶部において全てのベースになる事業だ。船主や用船者、造船所、オペレーター、荷主との接点を持つことができ、そこで得た情報や知見をベースに保有船事業などに展開している。人材育成における意義も大きい」

 藤本「トレーディングにはネットワークビジネスとしてお金以上のバリューがあることは間違いない。ただ、トレーディングで大きく利益を上げるのは難しい。新造船売買の仲介料は1%だ。商社が売買において主契約を担ったとしても、適正な市場価格がある中、リスクに見合った買い値と売り値の設定は難しい」

 岡「当社は、今はもう主契約をやっていない。事業としてのリスクとリターンが見合わないためだ。例えばかつて当社が主契約者となった中東向け案件で大きな損失を抱えた苦い経験があり、1―2%の手数料ではリスクに見合わないという整理になった」

 藤本「特に売り先や用船先が特定の会社に集中するとリスクが大きい。当社も2000年代前半の好況期にドイツ同一船主向けに2年間で新造船19隻、中古船3隻を手掛けたが、08年のリーマン・ショックで市況が急落し、主契約者としての大きなリスクに直面した」

 岡「トレーディングは大きく稼ぐための事業ではないという位置付けを明確にしておかないと、また同じ失敗を繰り返す可能性がある」

 藤本「さらに近年、国内外のオペレーターが長期用船をリスクだと考えるようになっている。長期用船商談が少なくなったことで、一部の日本船主には、厚く頭金を支払い、用船者を確保する前に新造船を発注するケースが見受けられる。リスク管理上あるべき施策だと思う一方、そこに商社が提供できるサービスは限定的だ。用船仲介が一つの選択肢としてあるが、商社としては収益を伸ばしにくい状況といえる」

 岡「おそらく市場規模から言っても、これから新しいお客さまがどんどん増えていくことは期待しにくい。そういう意味ではフロンティアは少ない。商社やブローカー各社はある程度、客先ですみ分けをしているが、飽和状態の中で時折、互いの商圏の中で、パイを取り合っている」

■用船者にも頭金を

 藤本「トレーディングのリスク管理について、一つ重要と考えるポイントを付け加えたい」

 「日本船主は国内外のオペレーターの長期用船ニーズに応えて新造船を発注してきた。慣例として、まず船主が造船所との建造契約を締結し、建造期間中に用船契約を結ぶやり方が多いが、15―16年ごろの海運不況時、海外の長期用船者が予定されていた契約を結ばなかったケースが散見された」

 「この経験を通じて明らかになったことが2つある。一つは造船契約と長期用船契約は同時に締結すべきということ。もう一つは、用船者にもコミットメントとして、頭金を求めるのが筋だということ。海外オペの長期用船需要ありきの本邦船主による新造発注であるにもかかわらず、本邦船主だけが融資獲得や頭金の支払いというリスクをとるのはおかしい」

 司会 用船者の頭金とはどういうものか。

 藤本「いわば用船料の前払いだ。一定額をまとめて支払うやり方と、数年間デポジット(保証金)として置いておく手法がある。もしデフォルト(債務不履行)が起こったらデポジットを没収する」

 「当社の仲介案件では、信用力が極めて高い大手オペを除いて、中小規模のオペには頭金の支払いをお願いしている。船主が新造発注にコミットするのと同様に、オペにも長期用船をコミットしてもらう重要な取り組みと考えている」

 岡「当社もリスク管理として中堅以下の用船者には頭金をお願いしているケースがある」

■保有船で稼ぐ

 司会 保有船事業の舵取りは。

 岡「商社各社は当初、小規模から船を持ち始めていたが、ある時期から規模感を出していこうとする動きが広がった。当社は一時、保有船の規模が100隻超まで拡大し、15―16年の海運不況時にリスクの顕在化に直面した。その反省に立ち、今はできる限り市況リスクを排した適正規模で筋肉質な事業を目指し、足元は一般商船でバルカー中心に約50隻を保有しており、当面はこの規模感を維持していきたい」

 藤本「当社は今、保有船事業が収益の柱になっており、船隊は50隻規模まで拡大した。市況次第で当面は『買い』の方針であり、まずは100隻を目安に拡大することを視野に入れる。この点では三菱商事の保有船事業が目指す筋肉質の方向性とは異なる」

 「背景には、会社が求める既存ビジネスの深化と、新たに策定した保有船取り組み指針がある。これまではマーケットが好況のタイミングで5年程度の用船が確保できれば新造船を発注していたが、発注時の市況が高いほど、用船終了時の市況下落リスクが高い」

 「一方、マーケットの不況時に確保した割安な船舶は好況時に収益の上振れが期待でき、市況下落に対する耐性もある。この考え方をうまく整理した船型・船齢・船価マトリックスを背景に不況に強い船隊拡充が可能と考えているからだ」

■保有船は基礎収益

 司会 保有船事業に求められる役割とは。

 岡「当社は一般商船の保有船約50隻に全て期間4―5年の長期用船を付けており、市況変動の影響を受け難い安定収益型の事業を目指している。昨年から続くマーケット高騰局面では、残り2年前後となった用船契約をプラス1―2年延長してもらうなど、トータルで4年の用船期間を残すようにしており、1年ごとの市況リスクを負わないようなシステムにしている。LNG(液化天然ガス)船隊も20隻規模で、基本的に期間15年程度の長期用船契約が付いている」

 「アセットとして安く買うという入り口が最も重要であり、ここで勝負がまず決まる。『この船価レベルで買えば、まず負けない』という投資で、優れた競争力の船隊をつくり上げる。その上で、市況の良い時には売船利益を確保してもいいし、運航収益を稼いでもいい」

 藤本「伊藤忠商事グループの利益構造は非資源事業が7割を超える。目指すのは市況変動に依存する経営ではなく、安定した『基礎収益』を上げられる強靭(きょうじん)な事業体制を構築することだ」

 「この中で当部の保有船売買益や運航収益は『基礎収益』に位置付けられ、市況系のビジネスと見なされていない。つまり海運マーケットが大きく上下するにもかかわらず、保有船事業は安定した収益を上げ続けなければならない」

 「昨年から今年にかけての高マーケットが続けば問題ないが、このまま来年以降も順調に利益を伸ばしていけるか否かは市況次第だ。だからこそ競争力ある船舶で船隊規模を拡大し、運航収益と船舶売却益を組み合わせて、市況の高騰期、低迷期のいずれの局面でも安定収益を確保する工夫をしなければならない」

■投資モデルを再考

 司会 安い船を仕込むポイントは。

 藤本「2019年春、保有船事業の在り方を再考し、過去の損失の要因を問い直した。かつて高コスト船に手を出した時期は、経験と直感を頼りにマーケットが右肩上がりに推移すると仮定し、投資のチャンスと思い込んで船を買ったが、結局、全て間違っていた」

 「この反省を踏まえて、まず新造船から高齢船まで過去の平均船価のデータを洗い出した。その上で、当部としてこの平均船価を下回るまで新造船、中古船とも投資しない大方針を決めた」

 岡「その点はわれわれも全く同じだ。需給分析をしっかりやろうとしている。荷動きや船腹供給見通しをベースに、市況の予測モデルを作って想定される用船料を試算し、投資に動くべき船価レベルを割り出している」

 「また、保有船を投入する長期用船レートの下限も定めた。つまり、基準船価以下で買って、基準用船レート以上で回すことを徹底している」

 「藤本さんの示した戦略と基本は似ているが、当社は投資の目安となる船価基準を過去の平均ではなく、『これならば絶対に勝てるはず』というレベルに設定している。足元は船価相場が高騰しているため、新造発注を停止しており、次の投資機会がいつ到来するのかという課題はある」

■ぶれない船価基準

 藤本「岡さんに聞きたい。新造船の船価は、その時の用船市況に影響されて変動する。基準船価以下で発注しつつ、基準以上の長期用船レートを獲得するのは難しいのではないか」

 岡「われわれの考え方は、基準船価以下で発注し、2年後に新造船が竣工した時、基準を上回る用船マーケットならば、そのまま長期用船を付ける。一方、用船市況が低迷していたら無理をして長期用船を付けない選択もあり得る」

 「そうした長期用船が付かない新鋭船については、既存の基準レート以上の長期契約が付いている高齢船を売却して入れ替えたりし、船隊ポートフォリオ全体で常に基準値以上の収益サイクルを維持していこうとしている」

 藤本「なるほど、マーケット低迷期には用船を付けず、船に投資するという方針は当社と同じだ。一方、マーケットが上がった時の選択が異なる。三菱商事は長期用船で収益を固定化するが、当社は基本的にマーケット高騰局面では船を固めず、スポット・短期契約で行けるところまで行く。ただ、会社が求める利益レベルをクリアしていれば、市況次第で長期で固定する選択肢はある」

 「目標とする基礎収益を実現する観点で、マーケット高騰局面ではとにかく運航収益の拡大を図る。安い時に買っているので、ある程度、市況リスクを取れる。一方、マーケットが下がり、用船料では基礎収益を確保できないと判断した段階で売船を検討する。マーケットが船の採算ラインを割り込むより前に、一定の基礎収益を確保できるレベルで売船する」

 「極論を言えば、基礎収益確保のために、当社保有船全船を売ってもいい。市況下落局面では、マトリックスに従って売った以上にタイミング良く買えば良い」

 岡「藤本さんの話を聞き一番重要と感じるのは、やはりルールを決めたら、ぶれずに守っていくことだ。このレベル以上では買わず、以下では売らないという方針を貫く。これを、その場の状況で変えてしまうと、結局、市況リスクにさらされることになる。海運業界はそういった歴史を繰り返してきた」

 藤本「社内がわれわれの取り組み方針を理解してくれているかどうかも大きい。社内で啓発活動を進めたことで、『マーケット下落局面に例えば50隻売ったら、50隻買う―そのタイミングが重要』という船舶部の方針を、優良資産の入れ替えという観点で理解はしてもらっている」

(敬称略)

 おか・たかふみ 93(平成5)年東大経卒、三菱商事入社。02年英国三菱商事会社、14年MCシッピング社長、17年機械GCEOオフィス(経営計画ユニットマネージャー)、19年産業インフラGCEOオフィス(事業投資・デジタル戦略担当)、21年4月から現職。52歳。

 ふじもと・ひろかず 91(平成3)年上智大卒、伊藤忠商事入社。伊藤忠ギリシャ会社社長などを経て09年船舶第一室長、19年船舶海洋部長、21年4月から現職。55歳。