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 印刷 2022年02月03日デイリー版3面

菊田の眼 Logistics Insights】(20)再エネEXで地政学的危機克服~持続可能+強靭な社会へ:日本海事新聞社顧問・L―Tech Lab代表・菊田一郎

日本海事新聞社顧問 L-Tech Lab代表 菊田 一郎氏
日本海事新聞社顧問 L-Tech Lab代表 菊田 一郎氏
表・グラフ

 今、気候変動と地政学的緊張が、世界のエネルギー・サプライチェーンを揺るがす危機的事態を惹起(じゃっき)している。

 本紙が日々報じる通り、脱炭素・ゼロエミ海運へのトランジション(移行)期間の経過的措置として低炭素海運ニーズが拡大し、LNG(液化天然ガス)燃料船の開発が急進展。その燃料としても、世界各国の民生・産業電力用途でも、石炭・石油からLNGへの転換需要が増大中だ(日本では発電用燃料の約4割をLNGが占めている)。

 それに輪をかけているのが、気候と地政学的環境の変化である。欧州各地では昨年夏以降、異常気象が原因とみられる風力の減退が広範囲で発生。スペイン、英国、ドイツなどで広く普及している風力発電量が減少し、補うためにLNG発電需要が高進。これが世界的なLNG価格高騰の発端の一つになったとされる。

 さらに、ロシアとウクライナの国境を巡る東西一触即発の地政学的緊急事態が昨今、リアルタイムで進展ないし膠着(こうちゃく)状態にある。ドイツがほどなく運用開始とみられていたロシアの欧州向けガスパイプライン、ノルドストリーム2の認可手続きを昨年11月に一時停止後、欧州天然ガス価格は2割近く上昇。運用開始は早くても本年5月までずれ込むとの観測もある。

 欧州は天然ガスの4割以上をロシアからの輸入に頼る。万一今回のウクライナ問題で既存のパイプライン輸送にも支障が生ずれば、LNG海上輸送への代替がどこまで可能なのか。同じく高騰した原油価格もコロナ禍を経て高止まりしている。国際海運を巻き込んだ予断を許さぬ緊張状態は、今しばらく続きそうだ。

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 さて筆者は本コラム18(2021年12月3日付)で、WWF(世界自然保護基金)ジャパンの『脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ』を引きつつ、「再生可能エネルギー(再エネ)へのEX(エナジートランスフォーメーション=エネルギー革命)によって日本は、エネルギー安全保障、政治/経済安全保障のレベルを劇的に向上できる」など5つの項目を挙げて主張した(最新改訂版を表に示す)。

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 WWFJゼロシナリオは「50年には電力、熱、輸送用燃料などすべてのエネルギー需要について自然エネルギーにより100%供給可能になる」としている。これが達成できたなら、少なくとも日本では「燃料の輸入がほぼ不要」になる。

 全世界で化石燃料の採掘・輸送・使用が完全ストップすることはないとしても、化石燃料輸送を担う海運リソース必要量は漸減していく。代わってメタノール、アンモニア、水素、そしてバイオ燃料など非化石燃料に資源輸送ニーズは移行するが、「100%自然エネルギー社会」を到達点とするなら、これも経過的措置となることに留意。併せて30年から50年の将来を見据えた長期視点での経営判断が必要になるということだ。

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 その展望の下で、直近に視線を戻そう。現在のエネルギー・サプライチェーン危機を改めて見つめた時、再エネEXの新たな価値が逆照射で浮かび上がるからだ。

 原油や天然ガスなど化石資源の主産出国は、米豪を除くと中東、ユーラシア、南アジア、中南米など、東西世界の東側と、南北世界の南側に偏在する。政治的不安定さ、予測不可能性の高さから、数十年にわたって先進諸国はその対応に苦心してきた。まさに今現在に至るまで、エネルギー問題は地政学的条件の変数なのだ。産業経済は常に政治判断や駆け引きの結果に翻弄(ほんろう)されている。

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 その事情が、再エネEXで大きく変貌する可能性があるのだ。先の非化石資源も、化石資源から生産されるグレー/ブルー水素・アンモニアetc.であれば当然、産出国に変わりはないのだが、化石資源によらないグリーン水素・アンモニアetc.に移行する、さらに自然エネ100%に向けて前進するなら、事態は一変する。

 達成できた分だけ、きな臭い地政学的変動に惑わされる恐れから私たちは解放される。これは同時に複数の海運リスクからの脱却をも意味する。まだ記憶に新しい21年春のスエズ運河でのメガコンテナ船座礁事故やマラッカ海峡、アデン湾ほかに出没する海賊…化石資源の海運サプライチェーンを脅かしてきたこれら事象との遭遇確率を減らせるからだ。

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 エネルギーの約9割を外国に頼る現在の日本産業社会は、根底でレジリエント(強靭〈きょうじん〉)なサステナビリティー(持続可能性)を確保できていない。調達・物流費用ゼロで輸入不要な無限公共財、再エネ=自然エネへのEXは、地政学的リスクの克服と国家のレジリエンス獲得につながるはずだ。

(注)再エネEXに伴う転換コストメリットの論拠については本紙面に収まらないため、CRE社サイトの筆者コラム「物流万華鏡 7.」https://www.logi-square.com/column/detail/220131_2 を参照。

 (月1回掲載)

 きくた・いちろう 82(昭和57)年名大経卒。83年流通研究社入社。90年から20年5月まで月刊「マテリアルフロー」の編集長を務める。同年6月に独立し、L―Tech Lab設立。同月、日本海事新聞社顧問就任。