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 印刷 2021年12月06日デイリー版1面

インタビュー 海洋産業強化 日本に必要なこと】日本郵船会長・内藤忠顕氏、「未来の夢」官民共有を

日本郵船会長 内藤 忠顕氏
日本郵船会長 内藤 忠顕氏

 四方を海に囲まれた日本にとって海事産業の重要性は誰もが認めるところだが、海事・海洋分野に対する一般社会の認知度は決して高くない。官民が連携したさまざまな取り組みも進められているが、立場の違いから来る視点のギャップ(隙間)による課題も残る。そうした中、日本郵船の内藤忠顕会長は昨年、安倍晋三首相(当時)から総合海洋政策本部参与会議の参与に任命され、民間人の立場から日本の海洋政策、特に日本の海事産業強化のため、こうした隙間を埋める活動を続けている。日本の海事・海洋産業の競争力強化には何が必要なのか、内藤会長に聞いた。(聞き手 幡野武彦)

 ――政府の総合海洋政策本部参与会議の参与に就任した時の思いは。

 「参与に就任したのは日本船主協会の会長2年目に入った2020年7月。海運業界の実情などが今の社会や行政に対してあまり伝わっていないという思いがあり、総理からの任命を引き受けた経緯があった」

■視点のギャップ

 ――参与会議1年目を終えての感想は。

 「参与に就任して1年後の今年6月末、参与会議の協議内容をまとめた20(令和2)年度参与会議意見書を菅義偉首相(当時)に提出した。政府機関での職務経験は初めてだったが、物事に対して各行政機関が真摯(しんし)に取り組む姿勢には感銘を受けた」

 「一方で、民間企業はすさまじい変化の時代の中で、将来を見据えて時流に乗り遅れまいと必死になっているが、官は今の状態に問題がなければ既存の施策を継続することに重きを置いており、時間軸の発想が異なると感じることもあった。また省庁間にまたがる課題について、エアポケットがある実情も垣間見えた。こうした点において、外から見ている参与として、率直に意見を述べることに意味があるのではないかと考えている」

 「さらに言えば、参与会議では参与に加え、各分野の有識者が知恵を出し合って立派な提言(意見書)を取りまとめている。意見書を取りまとめること自体は、政府の所掌として理解できるが、本来、提言を実行にもっていくことが望ましい姿だと長年企業で働いてきた私は考えており、意見書の取りまとめにとどまっていることが多い点には違和感を感じた」

 「官と民では考え方が異なるのは承知しながら、私としてはできる限り海事産業や日本にとってより良い方向に導くことができるよう、まずは課題の解決に向けて具体的な成果を少しでも出せるよう活動している。それが結果として官民の視点のギャップを埋め、日本の海事産業全体の国際競争力強化につながるものだと思っている」

■国際競争力強化

 ――具体的にはどんな項目があるか。

 「報告書にも記したが、海洋産業の国際競争力強化につながることに取り組みたいと考えている。テーマとしては日本人海技者育成の効率化・高度化と、デジタル化時代に即したシミュレーション共通基盤の形成などだ」

 「前者の海技者育成では現在、その肝となる乗船実習はJMETS(海技教育機構)が5隻の練習船(汽船3隻、帆船2隻)を使って行っている。しかし、その実態は商船系大学や商船高専、海上技術学校、また、一般大学卒の海技大学生などの学生を練習船に乗せる多科配乗となっている。さらに練習船の乗船率は、30年前の6割前後に比べ、今は9割超。教官1人当たりの生徒数も圧倒的に増えた。外航日本人船員に求められる技能が昔に比べて格段に増える中、現状は安定した実習環境とはとてもいえない。そもそも習熟度や免状取得の目的も異なる学生を同じ船で実習させるのは無理があるのではないか。できることならば、外航船員養成専用の練習船を1隻追加して運用することが日本人海技人材の育成には望ましい」

■4者協議を推進

 ――どうすれば多科配乗を回避できるのか。

 「商船系大学は独自の年間カリキュラムを策定しており、所管は文部科学省。国土交通省所管のJMETSとの調整は難しい。それでも省庁間の隙間の課題を埋めるべく、私が旗振り役となり、今、内閣府を事務局として国交省、文科省、JMETSと商船系大学の4者協議を進めているところだ」

 「免状教育と海技者教育の課題もある。商船系大学などは昔も今も、船乗りになるために必要な資格を取る免状教育を大学教育の一環として重視している。商船系学校の卒業生の大半が海運業界に入社していた昔の時代は良かったかもしれないが、今は卒業生の一部だけが海運に就職する時代になった。それに今の日本人海技者に求められているのは単なる操船技術だけではなく、日本商船隊を担う外国人船員の人材管理、船舶管理業務に関する知見、さまざまな海洋事業を管理・監督できる能力や自動運航などの新技術開発に関わるなど守備範囲が広がっている。こうした海技者を育成するため商船系大学にもっと積極的に海技者教育を施してほしい。免状教育はJMETSが主に担い、海技者教育を商船系大学で行うという役割分担もあっていいのではないか」

 ――もう一つのシミュレーション共通基盤とはどんなものか。

 「環境対応による燃料転換や自律運航船など、次世代船舶がますます複雑化・高度化していくのは間違いない。そうなると本船を総合的に制御する技術が重要となり、より効率的なデジタルを活用した開発手法が求められてくる」

 「自動車業界では既に大手メーカーや部品メーカーが、コンピューター上でシミュレーション技術を使い、自動車開発に取り組んでいる。従来だと量産前の設計段階では何度も試作品を使った試験に頼っていたが、今や設計から認証テストまでシミュレーション技術を用いてデジタルモデルの中で完結するバーチャルエンジニアリングが浸透している。造船分野でもそうした技術の活用が今後は不可欠となるが、それには造船会社だけでなく舶用メーカー、船会社、船舶管理会社など業界全体が共通言語や共通認識を持ち、同じ土俵の上で取り組まなければ実現できないものだ。海事産業のビジネスモデルを抜本的に見直す変化が起きている」

 「新造船開発に当たっては、運用者の視点を組み込むため船長や機関長といった現場の意見も非常に大切となってくる。こうした日本の海事クラスターが連携してバーチャルエンジニアリングを造船業をはじめとする海事産業にも導入することが重要になる。そこで大学に海事版バーチャルエンジニアリング講座を創設し、シミュレーション共通基盤構築の研究と普及を提唱している。造船所から舶用メーカー、海運会社が関わるこうした共通基盤ができれば、海事クラスター内の結節点になれると思っている」

 「将来を見据えた民間の視点を取り込み、具体的な提言を実現して積み上げていくことが、日本の海事クラスターにとって国際競争力強化の大きな起爆剤になるのではと思っている」

 ――海事に関する官民交流についてはどう考えるのか。

 「50年前のコンテナ船は1300TEU型が標準船型で船員は全て日本人。今は全長400メートルの2万TEU型が登場し、船舶大型化で船の運動性能は大きく変化している。さらに日本商船隊でも船員の大半は外国人。時代も技術も時と共に大きく変化する中、海上保安庁や自衛隊にそうした民間の実情を身をもって感じてほしい。普段からそうした実情を理解しておくことが、官にとっても業務遂行の助けになるのではないか」

 「海運会社と海保・自衛隊は、組織の目的や行動規範は全く異なるものの、本船運航という共通の基盤がある。例えば防衛大学校や海上保安大学校とJMETSなど海事教育機関間の交流を行い、互いに教育方法についてベストプラクティスを開陳するなどして質の高い教育を目指すのもいいのではないか」

 ないとう・ただあき 78(昭和53)年一橋大経卒、日本郵船入社。経営委員、常務経営委員などを経て15年4月社長。19年から現職。愛知県出身、66歳。