【菊田の眼 Logistics Insights】(17)WBCSD、「ビジョン2050」が示す未来への道~地球の限界内で生きられる世界へ:日本海事新聞社顧問・L-Tech Lab代表・菊田一郎
「持続可能な開発のための世界経済人会議」(WBCSD)をご存じだろうか。持続可能な世界への移行の加速を目指す、世界の主要企業200社のCEO(最高経営責任者)が主導するグローバル組織で、1995年の設立以来、産業界の代表組織として影響力を発揮。2019年には世界経済フォーラムと気候変動、生物多様性、食糧システムなど世界の緊急課題に共同でアクションを起こす覚書も締結している。
WBCSDは「50年までに90億人以上がプラネタリーバウンダリー(地球の限界=注)の範囲内で真に豊かに生きられる世界の実現」に向けて、企業と社会が取るべき方途を示した提言書「ビジョン2050」を10年に発表。だがその後、所期の活動がなかなか進展しないことに強い危機感を抱いて全面刷新を進め、本年3月、集大成版「ビジョン2050:大変革の時代」を刊行した。
本ビジョンは 1.気候変動 2.生態系劣化 3.貧困・格差―という3つの地球規模課題の解決に必要なトランスフォーメーション(大変革)を推進するために企業が取るべき行動を示しつつ、30年までのSDGs(持続可能な開発目標)達成への長期ビジョン共有の必要性や、企業とリーダーの真の役割とは何かを考えさせる提言書となっている。
これを受け、WBCSDに参加する公益財団法人の地球環境戦略研究機関(IGES)と損害保険ジャパン、トヨタ自動車、富士通が共同で翻訳に挑み、この10月26日に日本語仮訳版を発表した(https://www.iges.or.jp/en/pub/vision2050-timetotransform-j/ja)。
筆者は早速この仮訳版を一読。「本ビジョンの中身を海運・物流に係る人々にも広く伝えねば!」との使命感に駆られ、本欄でごく一部ながら要約紹介することにした。ぜひダウンロードし本編に当たってほしい。
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本ビジョンは今後10年間のビジネス活動の指針となる新たな枠組みを、9つの変革の道筋(図、企業が取るべき行動のルート)として提示する。その道筋とは、 1.エネルギー 2.交通・輸送とモビリティ 3.生活空間 4.製品と物質・材料 5.金融商品・サービス 6.コネクティビティ 7.健康とウェルビーイング 8.水と衛生 9.食料―の9つであり、物流・海運も包含。SDGsとパリ協定の目標にも整合しマッピングされている。
ロジ関連と結語の主項目を挙げよう。
■2050年ビジョン/交通・輸送とモビリティ(のあるべき姿/筆者再構成)
◇人とモノの交通・輸送は、プラネタリーバウンダリーを尊重し、環境の再生能力を守る。バッテリーや燃料電池による電気自動車、再生可能燃料などの技術革新により、重量貨物、船舶、航空を含め、大気汚染物質を排出しないネットゼロ交通・輸送が実現される。
◇(ネットワークに)コネクトされた交通・輸送インフラと車両の自律走行機能で、交通・輸送の安全性を最大化し事故リスクを低減。大気汚染や騒音など健康への影響は世界中の都市で解消へ。
◇コネクトテッドインフラと車両は、最適化されたモビリティシステムの一部として運用。より効率的で効果的なインターモーダル物流(複合一貫物流)、都市計画と大気質管理を可能にする。
◇その際、循環経済、シェアリングエコノミーのアプローチが資産、物質・材料、エネルギー、水に対する需要を減らす。
◇燃料の脱炭素化とエンジンの効率化により、船舶からのGHG(温室効果ガス)排出量は減少。グローバルなバリューチェーンを再構築し、貨物の移動パターンを最適化することで、物流の炭素強度を大幅に削減。
◇自動車、航空、船舶用のリサイクル素材の市場は急速に拡大、使用済み製品の分別とアップサイクル(付加価値の高いものへの作り替え)が低コストで可能になり、新たな経済的機会が育まれる。
◇倉庫の自律的な商品管理、自律電動車によるラストマイル配送が効率性とレジリエンス(回復力)を高める。
◇交通・輸送とモビリティのバリューチェーン全体で、人権を保護・尊重。法的および政策的な枠組みの再構築でギグエコノミーの交通・輸送とモビリティ分野における労働者の権利を支援する。
■Part4/おわりに
◇現在の資本主義システムがサステナブル(持続可能)でない結果をもたらしていることを認識し、長期的リターンを生み出すため、価値の搾取でなく、真の価値創造に報いる資本主義の変革型モデルが必要。
◇本ビジョンの実現には、社会のあらゆる部分でこれまでにないリーダーシップと根気が必要だ…。
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以上に加え「10年で大変革を起こさねば間に合わない」危機感とともに、「その追求は企業の利益につながる」ことを強調。本欄の筆者主張とまさに合致し、百万の味方を得た思いでいる。
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(注)プラネタリーバウンダリー=人類が地球システムに与える圧力が飽和状態に達し、気候、水環境、生態系など地球が本来持つ回復力の限界(ティッピングポイント)を超えると、不可逆的で危機的な変化が起こりうるとの考え(IGESリリース記事解説に筆者加筆)。
(月1回掲載)
きくた・いちろう 82(昭和57)年名大経卒。83年流通研究社入社。90年から20年5月まで月刊「マテリアルフロー」の編集長を務める。同年6月に独立し、L―Tech Lab設立。同月、日本海事新聞社顧問就任。