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 印刷 2021年04月01日デイリー版1面

スエズ座礁事故】運河庁からの賠償請求、法的上限 30億円強か。船主、P&I保険でカバー

「Ever Given」の離礁作業を視察するスエズ運河庁のオサマ・ラビア長官(出所・スエズ運河庁)
「Ever Given」の離礁作業を視察するスエズ運河庁のオサマ・ラビア長官(出所・スエズ運河庁)

 スエズ運河での大型コンテナ船「Ever Given」の座礁事故を巡り、スエズ運河庁(SCA)による損害賠償請求の可能性が注目を集めている。SCAは座礁による運河遮断に伴う減収を1日当たり最大1500万ドル(約16億円)と試算し、事故当事者に負担を求めるとの見方がある。船主に対して賠償請求された場合、船主が契約するP&I保険(船主責任保険)でカバーされる見込みだ。賠償額については、船主の責任限度額を規定する国際条約「船主責任制限条約」(LLMC)の適用が焦点となり、30億円強の上限が設定される可能性がある。

 「Ever Given」を保有する船主の正栄汽船グループ(本社・愛媛県今治市)は、同船の保険について「海外のP&Iクラブを起用している」ことを明らかにしている。

 SCAはスエズ運河を運営するエジプトの政府機関。同庁が主張する1日当たり減収額1500万ドルは、運河が遮断されていた6―7日間を合計すると、100億円前後に達する。

 SCAの減収について、保険市場関係者は「座礁事故でスエズ運河が通航不能に陥ったことによる直接的な損害と見なすことができ、損害賠償の対象となり得る」と指摘する。

 特にスエズ運河を通航する船は、SCAの規約に従うことが定められている。このため一定の契約関係があると見なされることから、SCAの規約に基づく損害賠償の提起が見込まれる。

 ただ、船主は万が一の海難事故に備えて、船舶保険やP&I保険、不稼働損失保険などで手厚くリスクを管理しており、賠償請求されたとしても、船主の経営を直撃することはない。

 一般的に海難事故において、船舶間衝突以外の第三者の損害は、船主が契約するP&I保険クラブが法的責任の範囲で賠償する。今回のSCAの賠償請求もP&I保険のカバー範囲となりそうだ。

■裁判所はどの国か

 さらに船主が負う賠償額は国際条約LLMCによって上限が規定されている。

 LLMCは、世界経済を支える海運の持続可能性の確保を主眼に、海難事故の広範囲に及ぶ巨額の賠償リスクから船主を一定範囲で保護するため、責任限度額を定めている。

 主要なLLMCはいわゆる「1976年条約」と「96年議定書」(2015年改正)の2つ。96年議定書の方が76年条約よりも賠償の上限額が引き上げられている。

 スエズ運河が位置するエジプトは76年条約、日本は96年議定書をそれぞれ批准している。

 船のサイズに基づく計算式によると、今回の「Ever Given」の賠償額の上限は、3月末時点の円換算レートで76年条約が35億円、96年議定書が128億円となる。

 LLMCの76年条約と96年議定書のどちらを採用するかは、船主が申し立てた責任制限手続きを管轄する裁判所が判断する。

 海事関係者によると、自国が批准しているLLMCを採用する裁判所が多く、どの国の裁判所で損害賠償請求訴訟が提起され、それに対する船主の責任制限手続きに関する申し立てがなされるかが焦点となるようだ。

 正栄汽船の檜垣幸人社長は26日の記者会見で、想定される損害賠償について「運河の閉鎖による減収などの損害については今後、法律にのっとって検討していく。海運業界には国際ルールがあり、加えてスエズ運河庁についてはエジプトの国内法が適用されるだろう」と指摘した。

 SCAが提訴する場合は、自国エジプトの裁判所に申し立てる公算が大きい。これに対して船主が責任制限手続きを申し立てた場合、エジプトが批准する76年条約の採用が予想され、上限35億円が設定されるシナリオになる。

 エジプトの裁判所が船主のLLMCに基づく責任制限の申し立てを阻却する可能性は低いとみられるが、その場合はLLMCのリミットが外れ、賠償額が大きくなり得る。こうしたLLMCが適用されないケースでも、P&I保険が賠償をカバーする。