海事アカデミア2021 残席僅か
 印刷 2021年02月25日デイリー版4面

記者の視点/柏井あづみ】海運のESG経営。足かせではなく「差別化」の源泉に

 先週17日、当社に日本郵船の長澤仁志社長と筒井裕子執行役員を招き、同社のESG(環境・社会・企業統治)に基づく成長戦略「NYKグループ ESGストーリー」をテーマとするウェビナーを開催した。まず視聴者の方々には、システムの不具合で開始時間が遅れてしまったことをおわびしたい。

 私は司会進行役としてクロストークで長澤社長に直接質問する貴重な機会をもらった。

 矢継ぎ早に10前後の質問を投げ掛けたのだが、長澤社長は資料を手にすることなく、全て自分の言葉でまっすぐに答えてくれた。ESG経営の重要性を心の底から確信しているからこそ、何を聞かれても、率直に応じることができるのだろう。

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 そのクロストークの冒頭、長澤社長は「一丁目一番地は安全運航だ。船員の安全運航の努力は、それだけで十分にESG経営に資している」と語った。

 船員はコロナ下の長期乗船という過酷な状況においても、世界の国々にあまねく資源エネルギー、食料を届けている。安全・確実な輸送は、国連のSDGs(持続可能な開発目標)の一つ「全ての人に健康と福祉(ウェルビーイング)を」に貢献する活動だ。

 この長澤社長の言葉を聞いて、先日取材したゴールドマン・サックス証券の清水大吾業務推進部長(日本郵船ESG経営推進委員会のアドバイザーに就任予定)の次のコメントが頭に浮かんだ。

 「ESG関連項目は多岐にわたるため、企業の経営資源が有限である以上、なにもかも完璧にはできない。だからこそ中長期的成長のためのマテリアリティー(重要課題)の見極めが大事になる」

 つまり海運の特色や、日本郵船の強みを生かしたESG活動を重点的に進めるべきと言い換えることができる。

 世界中の人々のウェルビーイングを支える海上輸送をLNG(液化天然ガス)燃料やデジタル技術で、さらに環境にいいものにする。長澤社長が今月上旬の投資家向け説明会で語った「ESGの全ての面でダントツの物流グループ」の一つの姿がそこにある。

 これまで海運・造船関係者からは、自らの産業について「成熟しており差別化が難しい」という言葉をしばしば聞いてきた。

 しかし、荷主や投資家が経済性だけではない「ESGのモノサシ」を持ち始めたことで、差別化のチャンスは一気に広がる。わくわくするような若者のアイデアや、新技術が花開く局面も増えてくるだろう。

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 実は個人的に、ESGという言葉を最初に耳にした時、ビジネス活動の手足を縛る、やや窮屈な話に感じていた。しかし日本郵船のESGストーリーに触れ、長澤社長の話を聞き、認識が改められた。ESGは足かせではなく、差別化や成長の力にできる。

 「当社グループ内に点在する今はまだ目に見えない価値をESGのモノサシで本気で追求し、磨き上げ、形にする経営努力は、これまでの常識では事業として成り立たないと思われていた領域にまで目を凝らしていくこと」

 長澤社長はESGストーリーの中でそう語っている。

 日本郵船、そして海運・物流業界のESGストーリーは始まったばかりだ。ウェビナーの翌日、視聴した海事関係者から「長澤社長のビジョンを当社の技術でこんなふうに具体化できる」という話を早速聞いた。

 経済性とESGの両立は、簡単な話ではない。しかし今回のウェビナーのように発信することでパートナーが集まり、荷主や投資家から海運のESG経営への理解も深まっていく。われわれ日本海事新聞も海運・物流業界の良きパートナーとして、ESGの物語を見いだし、積極的に発信していきたい。