【新年号 コンテナ物流・港湾編】対談―フィジカルインターネットは物流危機を救うか? 木川眞・ヤマトグループ総合研究所理事長、垣根なきサプライチェーン全体最適。石田忠正・JR貨物相談役、「オープン化」推進、物流危機克服へ
新型コロナウイルス感染拡大の影響やデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速など、激動の2020年が終わり、新しい年が明けた。産業界ではSDGs(持続可能な開発目標)が浸透する中、物流業界でも、海陸空の輸送モードを問わず持続可能性が重視される流れが強まった。物流各社は持続可能性と効率性の両立に知恵を絞っているが、それを支援する新たなビジョンが登場した。フィジカルインターネット(PI)である。通信のインターネットのように、モノを標準モジュールに分割し、ウェブ状のネットワークを自在に走らせる。究極の物流共同化による社会的最適化の実現がゴールだ。わが国におけるPI普及の旗振り役を買って出た、ヤマトグループ総合研究所の木川眞理事長(前ヤマトホールディングス〈HD〉会長)と、その志に賛同する盟友・JR貨物の石田忠正相談役(前JR貨物会長)を迎え、新春にふさわしい大型対談をお届けする。
■大きな挑戦
司会 初めに、長年わが国を代表する物流企業の経営に携わってこられたお二人が、労働力不足など物流業界の現状をどう見ておられるか、お聞かせいただけますか。
木川 ヤマトグループはラストマイル(最終配送)などを主力としており、BtoB(企業間物流)領域でも国内を中心とした配送機能を担う、典型的な「役務のサービス業」と位置付けられます。日本が人口減少のフェーズに入り、働き手の数が減る中で、新しい物流、効率的な小口配送はどうあるべきかについて、10年ごろからグループとして検討や投資を続けてきました。
そこに起こったのが3年前の「宅配クライシス」です。物流事業の成長をサポートしてくれるはずだったEC(電子商取引)が、想定を上回る伸びとなった結果、業界のキャパシティーを超えてしまった。
この大きな課題に対して、われわれはある大きなチャレンジをしました。
ヤマトグループには「宅急便の生みの親」である小倉昌男の、「最高の品質を、可能な限りロープライスで」という考え方が根付いていました。それに対して、物流効率化のために総量を管理しながら、適正なプライシングで、サービスレベルもお客さまの要望に合わせて変えていこうという取り組みを始めたのです。
「常に最高のサービスを」というやり方は(供給側主導の)プッシュ型です。そうではなく、お客さまは常に対面を要求されるのではなく、自分の受け取りたいタイミングで受け取れる、(需要側主導の)プル型のサービスを展開するきっかけになるだろうと、EC事業者さんとも協議をしながらチャレンジした結果、多くのお客さまに受け入れていただくことができました。
コロナ禍により、BtoB物流では人の往来が止まり、グローバルなサプライチェーン(SC)が一時的に寸断されるなどの影響があり、生産拠点の国内回帰などSC見直しの機運が出てきています。
われわれの担うラストマイルの在り方が大きく変化する中、SCと物流の仕組みをオープン化することで変化に対応し、さらには、物流をコストセンターからプロフィットセンターに変える流れが加速できるのではないか、こういう認識を持っています。そのオープン化において大きな意味を持つのがPIのコンセプトです。
BtoB物流については、より知見を持っておられる石田さんに、ぜひお考えをお聞きしたい。
石田 20年はコロナ禍とトランプ旋風の吹き荒れた1年でしたが、JR貨物が手掛ける鉄道貨物輸送は、海運、航空や旅客鉄道など他の輸送機関が甚大な影響を受ける中、相対的に軽微な影響で済んだと言えると思います。
貨物鉄道の輸送数量は20年5月には前年同月比で2割減少しましたが、9月には1割減まで回復。EC(電子商取引)・宅配便関連や食品、自動車部品などが増え、重厚長大産業の原材料や資材が減少するなど品目の入れ替わりはありましたが、11月にはほぼ前年並みに戻りました。
鉄道へのモーダルシフトの進展も、物量回復の大きな要因です。20年のトラックドライバー不足の状況は、全体の輸送ニーズに対して約13%の不足だったと推定されています。さらに5年後の25年は18%の不足、28年には24%の不足が予想されています。トラック4台の需要に対し、3台しか供給できないという状況ですから、生産部材・商品搬送に重大な影響を及ぼします。モーダルシフト進展の基調は今後さらに加速するでしょう。
倉庫も人手不足の状況は同じで、自動化・省力化は業界全体の喫緊の課題ですが、実現は容易ではありません。
JR貨物は東京貨物ターミナルに総合物流施設「東京レールゲート」を整備し、20年3月に「WEST」(延べ床面積7万2039平方メートル)が稼働しました。さらに12月、より大規模の「EAST」(同17万5000平方メートル)に着工し、22年には稼働開始します。海上コンテナターミナル(CT)と隣り合わせで、羽田空港にも近接した陸海空の結節点という特性は、PIの考え方とも合致しており、ECを含む幅広い物流業者さん、荷主さんのご利用が始まっており、引き続き海陸空各方面から強い要請を頂いています。
22年には札幌にも「レールゲート」が完成予定で、その後も全国の主要駅にレールゲートを展開し、ハード・ソフト両面での全国ネットワークを構築する計画です。これらの拠点は全国物流の結節点としてPIと相互補完関係にあり、互いに物流の効率化に貢献できるものと考えています。
■PIの結節点
司会 石田さんから「PIには結節点が重要」というお話をいただきましたが、改めて木川さんにPIの意義などをお聞きしたいと思います。
木川 ヤマトグループが創業100周年を迎えた19年、ヤマトグループ総合研究所として取り組む大きな柱の一つに、PIを据えました。
ヤマトグループでは物流環境の変化を見据え、00年代前半から、トラック輸送の仕組みを抜本的に見直そうと研究を進めてきました。例えば、昼間に荷物を集め、夜間に幹線輸送して翌日配送という従来型のモデルではなく、徹底的に省力化したターミナルを大都市圏に構え、日中から多頻度で幹線輸送していくという新しいターミナルの在り方もその一つです。
象徴的な拠点として、アジアとのゲートウエーを担う基幹ターミナル「羽田クロノゲート」を13年に稼働させました。将来的には同業他社にも活用してもらうような展望を描く中で、先ほどの宅配クライシスが起こり、この取り組みをさらに加速しないといけないと考えた時に、出会ったのがPIです。
PIでは個別の商流・物流ではなく、物流の情報を見える化し、オープン化されたデータに基づく最適な物流設計によって、オープンな共同輸配送を実現しようという考え方です。開かれた共同物流を行うためには容器・品質水準を標準化していく必要があります。
通信業界では、NTTが巨大な回線網を持ち、そこに同業者が相乗りしていますね。パケットという「容器」に情報を分割して入れて、最適なルートで瞬時に伝えることで、データの流れが非常に効率化されています。
それを物流に応用しようと考えたものがPI構想です。米国・欧州が主導する形で、学問として世界の潮流になりつつあることに、われわれも遅まきながら気付きました。
事業会社として次の100年に向けての物流の在り方を考えた時に、同業者だけでなく、ご利用いただくお客さまや、国、学問の世界ともっと連携し、PIの議論を深めていきたい、旗振り役を務めようという思いで、19年から積極的に普及・浸透に乗り出しました。
■オールジャパン
司会 具体的にはどのような形で進めていますか。
木川 議論の場として、一昨年、「フィジカルインターネット研究会」を立ち上げました。物流事業者やマテハン企業、関係省庁、学者と、物流に関わる主要なステークホルダー(利害関係者)の皆さんに参加いただき、オールジャパンで取り組むべき課題について議論しています。
さらにもう少し自由に、個人レベルでの意見交換をしようと、ヤマトグループ総研が中心となり「フィジカルインターネット懇話会」を立ち上げました。
昨年1月に続き、今月もPIに関するシンポジウムを開催します。オールジャパンで議論する土台づくりと啓蒙(けいもう)を進めることで、物流業界全体の生産性だけでなく、日本の産業界全体がメリットを受けられる環境をつくりたいと考えています。
また、同分野の議論に先駆的に取り組んでこられた米ジョージア工科大のブノア・モントルレイユ教授、パリ国立高等鉱山大のエリック・バロー教授とMOU(覚書)を締結し、日本でのPIの議論を進化させるサポート役をお願いしています。
PIは世界の潮流ですが、これに日本としてどう向き合うか。物流の最適化、デジタル化の取り組みとしては内閣府が主導するSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)がありますが、まだ足りない。SIPによるデジタルベースの物流高度化と、PIによるフィジカルな領域の在り方、これを車の両輪として、効率化のための議論を進める必要があります。
ただ、言葉としては新しいPIではありますが、その概念のかなりの部分が日本では実装されています。ビール大手4社の共同物流の試みに始まり、コンビニエンスストアや食品など同業・異業種間での共同輸送も拡大しています。かご車ベースの中ロット貨物の共同輸送では、ヤマトグループが中心となり立ち上げた「ボックスチャーター便」が、既に15年の歴史を重ねています。
このように、共同輸送が実施されている国はそうそうないはずです。日本は決してPI後進国ではない。世界にアピールできるという立ち位置にもいます。大事なのは、日本の中でガラパゴス化しないで、世界のルールづくりのプロセスで日本が発言権を持つために、日本としてまとまった議論をすることです。その議論をするのがPI研究会であり、自由に議論する懇話会です。石田さんには私から直接ご連絡し、懇話会の初回から参加いただいています。
石田 1年前から懇話会に参加させていただいていますが、PIのコンセプトに非常に感銘を受け、これなら鉄道とその他陸運事業がウィンウィン(互恵関係)になれ、国内だけでなく、国際物流の発展に貢献できると強く感じました。
鉄道の強みを改めて考えますと、まず、中長距離輸送に適している。さらに、定時性が高く、環境性能が高い。この強みはまさにPIに適合しており、実際に複数企業での共同輸送が既に始まり、拡大を続けています。
トラック輸送の積載率は平均4割と、非常に非効率であり、国家的には壮大な無駄です。ここもPIによって効率化できれば、例えばバラバラに輸送していた貨物を大ロット化し、鉄道輸送につなぐこともできるでしょう。そうなれば、コスト、時間および環境負荷の軽減という鉄道の強みを生かし、PIの相乗効果をさらに高めることができます。
ESG(環境・社会・企業統治)やSDGsについても、各企業が今、本気で取り組み始めており、この観点からも、トラックからのモーダルシフトはさらに加速するでしょう。
■一歩先行く海運
司会 石田さんが長く関わった海運業界では、複数船社で共同配船を行うアライアンスが定着しています。
石田 日本ではかつて12社あった定期船会社が、中核6社に集約され、その後3社に、さらにコンテナ部門はオーシャンネットワークエクスプレス(ONE)に統合されました。欧州では老舗船社が軒並み姿を消し、自由競争の旗を振り続けた米国では、自国船社がことごとく他国に買収されてしまいました。
その結果、世界の主要航路は3大アライアンスに集約され、2万4000TEU型のような大型船舶に、複数の船社が相乗りしています。このアライアンス体制を実現するには、各社が船型、運航計画などをそろえなければいけない。また、何千本というコンテナの積み付け計画、ヤードでの最適な荷役や運賃収受など、膨大な業務を人間が考えるのは難しく、デジタル化する必要がある。つまりハード・ソフト両面から共同化・標準化が既に実現しているのです。PIという言葉が生まれる前から、熾烈(しれつ)な国際競争を勝ち抜く解を見つけてきたのが海運です。
数千年の歴史を持つ海運に対して、航空は100年強という新しい産業ですが、世界的に3大アライアンスに集約され、海運と同じように共同化が進んでいます。
翻ってわが国の陸運業を見ると、非常に細分化され、積載率も低く、個社ではIT基盤が脆弱(ぜいじゃく)な企業も多い。残念ながら遅れていることは認めざるを得ず、今後は海運、航空のような共同化・集約化の流れも強まるでしょう。
陸海空の物流の結節点となる港湾も、PIを考える上での一つの鍵になります。国土交通省が港湾の中長期政策「PORT2030」で打ち出す「スマートポート」では、ハード面で省力化、自動化を進めるだけでなく、国際・国内をまたいだグローバルサプライチェーンの情報をつなげる取り組みも掲げています。
ハード面ではさらに、港湾にオンドックレールを引き込む計画があります。米国・欧州やアジアの主要港で、オンドックレール施設を有していない港湾はほとんどない。この点も日本の港湾が弱体化していった原因の一つでしょう。
JR貨物も、国交省や東京都などと連携し、オンドックレールに関して共同研究会を開催してきました。横浜市も港湾開発に際して鉄道誘致を真剣に考えておられる。官も含めて、物流業界全体がそうした(結節点での連携を強化する)方向に進み始めています。
PIを進めていく上での基盤が整備されつつあるということです。
■効率化は利益
司会 木川さんが先ほどおっしゃった「物流のプロフィットセンター化」は、どのように実現しますか。
木川 物流はこれまでコストセンターでした。効率化に取り組もうにも、企業における物流部門のステータスの問題など、大きな壁にぶつかってきました。
これまで製造業にとって物流業務は輸送単価の交渉という色彩が強かったのが、今は、ロジスティクス全体の最適化を製造業自身が考えるようになってきました。PI研究会にも、メーカーさんが強い問題意識を持って参加しています。物流の効率化が利益の源泉になる時代に向けて、そのための枠組みを一緒につくろう、物流領域の価値を創出する手段に変えよう、そこで生まれる価値をシェアしようという議論をしています。
PIは物流事業者の計画ではなく、サプライチェーン全体を効率化し、進化させる議論であり、業態の垣根はありません。そこを国にも理解してもらい、サポートしていただきたい。
■国を巻き込んで
司会 PI推進ではデジタル化が重要な意味を持ちますが、日本における物流業界のデジタル化の現状と課題をどう考えますか。
木川 物流業界としてDXに課題を抱えているのは事実。生産性の低さにそれが現れています。ただ中小企業が多いため、投資余力がなく、デジタル化は理想論のようには進みません。また、業界の特性として、中小事業者はそれぞれの地域で役割を担いながら存続しないと、地方経済に大きな影響が出ます。
ヤマトHDはスタートアップ企業などと提携し、連携や出資の形でさまざまな技術開発に関与しています。そこには企業・業態の枠を超えて、ノウハウ、テクノロジーを活用していこうという戦略があります。
まさに、ここにPIの意義があるといえるでしょう。国を巻き込んでPIのプラットフォーム(PF)をつくり上げ、個別企業が二重・三重投資を避けられるようにすることが、DXの流れでは大きな意味を持ちます。
トラック業界の特性も鑑み、地域の衰退に直結しない形でDXを進めなければならない。大手陸運事業者も、彼らの協力なしに事業は成り立ちません。石田さんが言われた通り、海運のように陸運もアライアンス化する可能性もあるでしょう。
いずれにしても、トラック輸送にここまで過剰に依存した物流を、今後も持続させる選択肢はあり得ない。その意味でも、PIの議論の中でモーダルシフトは理念ではなく実装させるステージへ本気で入っていかなければならないと感じています。私が石田さんを研究会に直接お誘いした理由でもあります(笑)。
石田 木川さんのご指摘の通り、陸運の効率化、再編成や、鉄道へのモーダルシフトが進んでいくことは間違いないでしょう。
好例として、イオンさんのケースがあります。同社は膨大な商品を、さまざまなメーカー、サプライヤーから調達していますが、それぞれの輸送が基本的に納品側による片荷輸送でした。これを改善すべく、イオンさんとJR貨物で専用列車を仕立てる共同研究を行い、14年から「イオン号」の運行を開始しました。
東京発、大阪発でそれぞれ専用列車を運行することで、片荷を解消するだけでなく、スピードと定時性も非常に高く、CO2(二酸化炭素)排出量はトラック比で11分の1に激減します。
鉄道を利用した共同輸送はビール大手4社や食品業界などにも拡大し、今は異業種間でも同様の取り組みが行われ、コスト・時間・CO2の節減が多くの産業に広がっています。
PIのベースとなるデジタル化では当社は早い時期に「IT―FRENS」という情報システムを構築しています。GPS(衛星利用測位システム)を使った列車の運行管理はもとより、RFID(電子タグ)を用いたコンテナ動静の把握により、貨物の現在位置や到着時間、運賃決済など、あらゆる情報が既にお客さまともリアルタイムで接続されています。
また、港湾のスマートポートのように、駅の省力化・効率化に向け新時代の自動化ターミナル「スマートステーション」を開発しています。当社は全国250の貨物駅を有しており、ハード・ソフト両面でプラットフォーマーとして総合物流の発展に貢献していこうと、社内に呼び掛けています。
数年前、ドイツ・ハンブルク港を訪れた際、コンテナを搬出入するトラックが全て予約制で、本船やトラックの動静から吊り橋の上下動まで可視化できるなど、デジタル化された港湾運営に感銘を受けました。ドイツ政府が提唱する「インダストリー4・0」の考え方が、港湾や道路など全産業に浸透し始めたことを実感しました。
日本は出遅れているとはいえ、コロナ禍の激震で目が覚め、紙やはんこの文化からデジタル化に舵を切り、働き方改革にまで手を付けようとしています。「失われた30年」を取り返す絶好のチャンスです。日本の過去の偉大な実績や、中国が(遅れた段階から数段飛び越え)最先端に到達した事例を見れば、日本にも追い付く力はいまだ十分残されている、そう確信しています。
司会 本日はありがとうございました。
きがわ・まこと 73(昭和48)年一橋大商卒、富士銀行(現みずほ銀行)入行。04年みずほコーポレート銀行常務取締役を経て、05年にヤマトグループ入り。07年ヤマト運輸社長、11年ヤマトホールディングス社長、15年同会長。19年退任。16年4月からヤマトグループ総合研究所代表理事。広島県出身、71歳。
いしだ・ただまさ 68(昭和43)年慶大経卒、日本郵船入社。NYKアジア会長(シンガポール)、NYKヨーロッパ会長(ロンドン)などを経て、04年代表取締役副社長。07年日本貨物航空社長。10年東京都港湾振興協会会長。13年JR貨物代表取締役会長、18年取締役相談役。20年6月から相談役。熊本県出身、75歳。