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 印刷 2020年12月08日デイリー版3面

菊田の眼 Logistics Insights】(5):日本海事新聞社顧問・L―Tech Lab代表・菊田一郎、物流DXで"物流SDGs"をドライブ

SDGsは17のゴール・169のターゲットで構成されている(外務省パンフレットより)
SDGsは17のゴール・169のターゲットで構成されている(外務省パンフレットより)
日本海事新聞社顧問 L-Tech Lab代表 菊田 一郎氏
日本海事新聞社顧問 L-Tech Lab代表 菊田 一郎氏

 本欄では物流DX(デジタルトランスフォーメーション)を主テーマの一つとしている。改めて確認しておこう。DXとは、デジタル技術を基盤として業務、事業、そして企業・ビジネスモデル全体を新次元に変革すること。そのゴールは企業変革=CX(コーポレートトランスフォーメーション)、ないしビジネス変革=BX(ビジネストランスフォーメーション)により、顧客体験=UX(ユーザーエクスペリエンス)価値を変革することにある。

 それを物流分野に適用し、業務と事業を持続可能にする変革(物流業ならそのまま企業・ビジネス変革)を目指すソフト、ハードにわたる取り組みを「物流DX」と呼ぼう。だから最新ソフトやロボットを買ってきてもその場で使うだけ、管理や体制、UXは少しも変わっていないのなら、DXとは言えない。

 今回から、そこにもう一つの視点を導入したい。「SDGs」(持続可能な開発目標)である。

 これも今さらながらSDGsとは、2015年の国連サミットで採択された、持続可能で「誰一人取り残さない」より良い世界を30年までに達成することを目指す国際目標。発展途上国も先進国も共に取り組む17のゴール・169のターゲットから構成されている。

 社会/経済/環境に大別される多数の開発アジェンダのうち、国内産業界の議論は「地球環境(資源・気候)」に矮小(わいしょう)化している感がある。そこに今ぜひ加えたいのが、「ゴール 1.貧困の解消」「ゴール 8.持続可能な経済成長と生産的で働きがいのある人間らしい雇用=ディーセント・ワークの促進」「ゴール 10.不平等の是正」、といった重点目標だ(両者合わせて「地球と働く人の環境保全」とまとめておこう)。

 なぜか。本欄第3回で論じた通り、物流DXの野放図な推進は、非正規労働者・従業員の貧困・社会的格差とやりがいの喪失を助長する危険をはらんでいるからだ。環境問題だけが産業界のSDGsテーマでないことをまず強調したい。

 働く人の格差、貧困、労務環境の是正はもはや遠い他国の問題でない。AI(人工知能)を含むDX・自動化で仕事の「誰でもできる化」と無人化が進行し、働くのは別にあなたでなくてもよくなれば、普通に賃金は下がる。ただし経済回復でビフォアコロナの人手不足状況が再起動すれば、この下落圧力にあらがって、しばらくは時給の上昇傾向が続くかも知れない。

 だが今、非接触化・リモート化にも有効な物流ロボティクスやAIの技術・サービス開発は怒涛の勢いで進む。本紙が報じる海事分野でも、自動運航船、船のIoT(モノのインターネット)など海事クラスターの技術革新「MariTech(マリテック)」は注力テーマの一つだ。それらによる生産性の向上、省人化がある閾値(しきいち)を超えた時点で、厳しい求人環境も緩和される日が来たとしよう。

 その時、新技術に代替される仕事はなくなるか、賃金が下落する。誰でもできる仕事から人生のやりがい、尊厳は得られない。格差はまた拡大し中間層が崩落、下層が満ちる社会はすさむ。何よりも財を買ってくれる市場が縮小を続け、ディストピア街道まっしぐら…?

 いいや! それではいけないのだ。繰り返すがDXとこれを支える先端技術は、ディストピアの回避、超越のためにこそ活用されねばならない。その道が「ヒューマン物流DX」だと重ねて言う。

 世界の論客たちの主張をひもとくと、この危機・課題の認識には驚くほどの共通点を発見できる。ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ、同じくアビジット・V・バナジー&エステル・デュフロ夫妻。ソ連崩壊・トランプ当選と善戦を予知したエマニュエル・トッド、ご存じトマ・ピケティ、そして本紙書評で取り上げた長沼伸一郎…多くの知性が今、資本主義・成長の限界、格差拡大、グローバリズムの破綻と反動としての民主主義・多国間主義の危機、ポピュリズムの台頭…等々に警鐘を鳴らし続けている。

 代表2人を挙げよう。地政学の第一人者イアン・ブレマーは「対立の世紀 グローバリズムの破綻」(日本経済新聞出版)で、格差・怒りから分断された人々が世界中で「我らと彼ら」の対立構造を先鋭化させていると指摘。対応の処方箋は、「壁を作るか、政治経済構造改革で社会契約を書き換えるか」…書き換えることは可能だと、一縷(いちる)の望みをつなぐ。

 一方、「限界費用ゼロ社会」で一世を風靡(ふうび)したジェレミー・リフキンは、DXによる環境課題解決のビジョンをこう説く(NHK出版「グローバル・グリーン・ニューディール」、以下は筆者要約)。

 英国が石炭ベースの蒸気機関で起こした第1次産業革命、米国が石油と内燃機関で運輸・電気通信などを飛躍させた第2次産業革命に対し、現在進むデジタル化が第3次産業革命。化石燃料依存を脱却するため今進めるべきは 1.通信のインターネット 2.エネルギーのインターネット(再生可能電力の地球規模でのシェア) 3.物流・ロジスティクスのインターネット(前回論じたフィジカルインターネットに相当)―この3つのインターネットを駆使し、資本主義モデルを「共有経済」へと転換すること。残された期間はあと20年だ…(彼は先日のNEC未来創造会議で「自然との共生、協働の風土文明を持つ日本こそが、今すぐ立ち上がるべき!」と語った)。

 そう、物流DXは"物流SDGs"達成を支援できるはずなのだ。その可能性を本欄は追求していく。

(月1回掲載)

 きくた・いちろう 82(昭和57)年名大経卒。83年流通研究社入社。90年から20年5月まで月刊「マテリアルフロー」の編集長を務める。同年6月、L―Tech Lab設立。同月、日本海事新聞社顧問就任。