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 印刷 2020年10月22日デイリー版1面

船陸間通信、海の情報格差 拡大。船員の生活左右。「高速ネット」VS「Eメール限定」

コロナ禍で多くの船員が長期乗船を強いられる中、船陸通信の重要性が高まっている(インマルサットのホームページより)
コロナ禍で多くの船員が長期乗船を強いられる中、船陸通信の重要性が高まっている(インマルサットのホームページより)

 外航船で船陸間ブロードバンド通信の普及が進む中、旧世代の通信環境の船舶との情報格差が鮮明になっている。一部の船は依然としてEメールだけにネット通信が限られており、コロナ禍で長期乗船中の船員は陸上の家族らから隔絶された海上生活を強いられている。衛星通信システムは将来的な自律運航技術の高度化の鍵も握っており、今後、海のデジタルデバイド(情報格差)がどう解消されていくかが注目される。

 「船陸通信が無線からテレックス、そしてEメールに移る頃までは、全ての外航商船の通信環境はほぼ同じレベルだった。しかし、いま船ごとの通信能力の差は大きく広がり、船員の海上生活を大きく左右している」

 通信市場関係者はそう指摘する。

 船陸通信大手インマルサットが2016年にサービス開始した高速ネット通信「フリートエクスプレス」(FX)は現在までに1万隻近くに導入が進んでいる。通信スピード最大毎秒50メガビットでデータ量に制限のない定額サービスを享受でき、船員は陸上の家族とのビデオ通話も可能になる。

 一方、一部の船主はコスト増を理由に保有船の通信環境のグレードアップに難色を示し、依然としてEメールだけに限定された旧世代のネット通信環境の船が存在する。料金体系はデータ量を使うほどコストが跳ね上がる従量課金制が中心となり、乗組員は家族とのチャットや画像のやりとりも難しい。

 近年はこうした船陸通信の優劣を尺度に、海運会社を選ぶ船員も増えているという。

■データ量1万倍

 高速ネット環境を整えた船舶の通信データ量は1カ月当たり100ギガ―300ギガバイトに達する。一方、Eメール限定の船舶は月数十メガバイトにとどまり、1万倍クラスの情報量の開きがある。

 陸上の個人のスマートフォンでも月間データ量は数ギガバイトに上ることから、船員20人が乗り組む外航船での月数十メガバイトはかなり陸上から隔絶された通信環境と言える。

 通信コストは、Eメール限定の船舶の月1000ドル弱(約10万円)に対し、インマルサットFXは月2000ドル(20万円強)程度。

 「燃料費などを考えれば、大きなコスト差ではないとも言える。しかし、これまでは通信環境の改善に追加費用を投じようとする船主はあまり多くなかった」(通信市場関係者)

 近年、海運マーケットでは用船期間の短期化が進行し、船主は市況変動リスクや資金調達の課題に直面。船主経営に不透明感が高まる中、少しでも通信費用を切り詰めようという風潮につながっている。

■経営破綻相次ぐ

 一方、船主の立場からは「衛星通信事業者が料金を下げてくれれば、高速通信を利用しやすくなる」と値下げを求める声も上がる。これに対し、衛星通信事業者は「衛星の打ち上げと運用には多額の投資が必要になり、大きなリスクが存在する」と反論する。

 今年は3月に米国の衛星通信事業者OneWeb、5月に同インテルサットが相次いで経営破綻した。

 衛星通信事業者が抱える経営リスクは大きい。衛星の打ち上げからメンテナンスまで全てを手掛け、さらに10―15年に1回、全ての衛星をリプレースする必要があるためだ。米イリジウムの場合、周回衛星60基以上を一気に代替するため、投資規模は3000億円規模に上るという。

■長期乗船支える

 いまコロナ禍で長期乗船を強いられている船員は世界で数十万人に上り、精神的ストレス緩和の観点で船内のネット環境が非常に重要になっている。

 パナマ海事庁の調査報告によると、今夏に発生したモーリシャスでの大型バルカー座礁事故は、船員と家族の連絡のためにインターネットの電波を探して陸に近づいたことが一因とみられている。同事故以降、衛星通信業者には高速通信に関する問い合わせが増えているという。

 市場関係者は「船主の意識も変わりつつある。例えば造船所も新造船への高速通信システムの標準装備を検討する時代ではないか」と変化の必要性を強調する。