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 印刷 2020年08月26日デイリー版1面

インタビュー モーリシャス座礁、日本の責任範囲】(上):成蹊大学教授・佐藤義明氏。「海洋国家」としての責任を

成蹊大学教授 佐藤義明氏
成蹊大学教授 佐藤義明氏

 インド洋のモーリシャス沖で座礁したケープサイズ「WAKASHIO(わかしお)」の燃料油の流出事故で、旗国(船籍国)であるパナマや日本政府の責任範囲について議論が錯綜(さくそう)している。日本政府は今回の船舶が「日本関係船」であることから既にモーリシャスに人員を派遣している。環境汚染の面で国際問題に発展した際、関係国にはどのような責任が発生するのか。今年3月、英国籍のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で新型コロナが発生した際の日本政府と旗国の責任の範囲についても言及した佐藤義明・成蹊大学教授に国際法の観点から書面インタビューで聞いた。(山本裕史)

■国際法上はパナマ

 --今回の事故は運航、保有とも日本に所在する会社で、本船もいわゆる「日本関係船」と位置付けられる。このため、事故調査に関し日本政府は「道義的な責任がある」(国土交通省の大坪新一郎海事局長)として既に外務省と共に人員を派遣している。今回のような国際的な環境問題に発展した場合、国際法上、日本政府に「道義的責任」もしくは何らかの責任は生じるのか。

 「国際法上の責任は、旗国であるパナマだけが負い、日本は負わない。パナマの責任は、事故の損害の全部を当然に賠償する責任ではなく、事故を起こした船舶に規制を行ったり必要な措置をとったりする義務を履行せず、その不履行が損害と因果関係を持つ場合に、その損害を賠償する責任である(国連海洋法条約第235条)。パナマに要求される規制とは、『自国の管轄又は管理の下における活動』が他国の環境に汚染による損害を生じさせないために必要な措置をとる(同条約第194条)ことだ(注 1.)」

 「具体的には、パナマには1978年の船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約(STCW条約)などの履行が要求される。バンカー条約が締約国に課す義務も旗国を名宛人としている。すなわち、『自国を旗国とする船舶であってこの条の規定が適用されるものについては、締約国は…[保険の]証明書が発給されていない限り、いかなる時にも運航を認めてはならない』(第7条11項)というものである。パナマもバンカー条約の当事国なので、パナマは船主が日本船主責任相互保険組合(ジャパンP&Iクラブ)の保険を付したことを確認しているはずだ」

 「宇宙物体については、民間団体が打ち上げた場合にも『打ち上げ国』が賠償責任を負うとする宇宙損害責任条約が存在する。これに対して、船舶については、船主の国籍国に責任を負わせる条約は存在しない。船主責任制限条約にも、バンカー条約にも、船主の国籍国に責任を負わせる規定は存在していない」

■「3つの根拠」

 --国際社会において日本の果たす政治的な責任についてはどうか。

 「『道義的責任』は政治的責任であり、国際法上の責任ではない。しかし、政治的責任は必ずしも国際法上の責任よりも『軽い』わけでもない。今回の事故については、3つの根拠で日本は政治的責任を果たすべきだろう。第1に事故船は運航・保有の点で『日本関連船』であり、パナマとはいわゆる『便宜置籍船』として形式的関連を持つだけである。国際社会もモーリシャスも、パナマが実効的対応を行うことをほとんど期待できないことから、実質的な関連をもつ日本に対応を期待している。第2に日本は、モーリシャスを含むインド洋の国々と友好関係を維持・強化するべき立場にある。とりわけ、2018年に習近平国家主席がモーリシャスを訪問するなど、中国が一帯一路構想に同国を取り込もうとしていることから、同国が中国の過度な影響力の下に置かれないために、日本はモーリシャスとの友好関係を強化する必要があると考えられる」

 「第3に日本は海洋国家であると自他ともに認識しており、海洋環境の保全にリーダーシップを発揮することが期待されている。日本が海洋国家としてのプレゼンスを維持・強化するためには、今回の事故に迅速・適切に対応することが政治的責任として必要になる」

  ――今回の「WAKASHIO」はパナマ船籍。座礁地点はモーリシャス領海内だが、モーリシャスの関係機関がいち早く船長や船員を拘束することや、本船の調査を行うことは、旗国主義との関係で何か問題はないのか。

 「何ら問題はないと考える。2002年に発生した日本関係船のタジマ号事件の場合に、フィリピン人船員による日本人船員の殺害は公海で行われたと考えられた(注 2.参照)。公海上の行為については旗国主義が適用される。それ故、タジマ号が姫路(兵庫県)に寄港したからといって、寄港国である日本が旗国の同意なく容疑者の身柄を拘束することはできないと考えられた。パナマの同意を得て容疑者を拘束した後で、日本が刑事裁判権を行使することができたかどうかは別の問題である」

 「行為地が日本の領域ではないので属地主義に基づく管轄権は行使できず、加害者が日本人ではないので積極的属人主義に基づく管轄権も行使できなかった。唯一、被害者が日本人なので、消極的属人主義に基づく管轄権の行使が理論的には可能であったが、当時、消極的属人主義に基づく刑法の域外適用を根拠付ける条文は存在しなかった(この事件の後、刑法第3条の2が新設された)」

 「これに対して、領海内の行為については、公海で適用される旗国主義は適用されない。国連海洋法条約は、旗国主義の根拠となる第92条1項を『公海』に関する第7部に置いている。沿岸国は領海に主権を持つ(同条約第2条)。そこで、沿岸国は領海で属地的管轄権に基づいて執行管轄権を行使することができる。もちろん、船舶の特殊性故に、国際礼譲として、すなわち法的義務としてではなく政治的配慮として、介入を自制し、旗国に謙譲することはあり得る」

 (注 1.)「行政上、技術上及び社会上の事項について有効に管轄権を行使し及び有効に規制を行う」(同条約第94条1項)・「自国の管轄又は管理の下における活動」が他国の環境に汚染による損害を生じさせないために必要な措置をとる(同条約第194条)・汚染防止のための国内法を制定する(同条約第211条2項)・汚染防止のための国際法および国内法を執行する(同条約第217条)など。

 (注 2.)02年4月7日、日本関係船のVLCC(大型原油タンカー)「タジマ」(パナマ船籍)が台湾沖の公海上を航行中、同船から日本人の2等航海士が行方不明になったと第十一管区海上保安本部に通報があった。4月12日に同船は姫路港へ入港し、パナマ側の要請により海上保安官による現場検証が行われた。パナマ側の要請によって、旗国主義を侵すことなく日本は現場検証を行うことができた。しかし、日本はこの事件に刑事管轄権を及ぼす国内法上の根拠を持たなかった。そこで、日本政府は、旗国として刑事管轄権を持つパナマによる訴追を期待し、パナマの要請があれば直ちに被疑者を引き渡すという立場を取った。

 さとう・よしあき 95(平成7)年東大法卒、06年東大院法学政治学研究科修了、博士(法学)、10年成蹊大学法学部教授、11-13年ハーバード大学国際問題研究所研究員、20年成蹊大学Society5.0研究所副所長。48歳。