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 印刷 2020年08月07日デイリー版1面

インタビュー 新所長に聞くDX戦略】海上技術安全研究所所長・安部昭則氏、デジタルシップヤード実現へ

研究所内の水槽で行われた高速曳航試験
研究所内の水槽で行われた高速曳航試験
海上技術安全研究所所長 安部昭則氏
海上技術安全研究所所長 安部昭則氏

 海上技術安全研究所(海技研)は今年度からデジタルトランスフォーメーション(DX)など、既存の研究領域を横断する4分野の研究プロジェクトを本格始動させた。前ジャパンマリンユナイテッド(JMU)常務で4月1日付で海技研所長に就任した安部昭則氏は「デジタルシップヤード構想」の早期実現を重点課題の一つに掲げ、「品質のデジタル化」にも踏み込むべきだと説く。安部所長に戦略を聞いた。(聞き手 松下優介)

■領域横断PT始動

 --所長就任の抱負を。

 「昨年はJMUで仕事をする最後の年になり、同社の技術本部長として国土交通省海事局の『海事産業将来像検討会』の議論に参加する機会を頂いた。同時に、日本の海事産業を技術面で支える海技研の将来について、民間の立場で意見を述べてほしいとの依頼があり、海技研の経営協議会にも携わることができた」

 「デジタル化への対応や、ゼロエミッション船の実現による環境問題解決への貢献など、両者が掲げた今後の重点施策はかなりの部分で一致しており、目指す方向は明確となった。建造現場や設計、研究開発など、造船所の実務に幅広く携わってきた経験を生かし、海技研の研究成果を社会に実装していく大きな仕事に貢献したいと考えている」

 --両者に共通する施策とは。

 「海技研の重点研究分野は、 1.海上輸送の安全確保 2.海洋環境の保全 3.海洋の開発 4.海上輸送を支える基盤的技術開発-の4つで、これらは今後も変わらない」

 「一方、新たに海技研内に 1.デジタルトランスフォーメーション 2.GHG(温室効果ガス)削減 3.洋上風力発電 4.自動運航船-の4つのプロジェクトチーム(PT)を発足させ、今年度から本格始動した。海技研の組織は流体設計、構造安全評価など9つの専門領域に分かれているが、PTはそこに横串を通し、領域横断の研究を担う」

 「これらPTのテーマは、海事産業将来像検討会が今後の取り組みの方向性として示した5本の柱のうち、4つをカバーしている。海技研ではPT発足に向けた準備を昨年から進めてきたが、その方向性は国の政策とも合致していた」

■計画通りの造船

 --造船所出身の所長として特に社会実装したいテーマは。

 「海技研がこれまで研究に力を入れてきた『デジタルシップヤード構想』だ。これは計画外の条件変動や、ベテラン作業者の臨機応変な対応など、造船作業における曖昧さを、徹底した生産シミュレーションで排除し、全ての作業を数値で表現・計画することで、全工程が計画通りに完結する造船所を目指すものだ」

 「私はJMUの呉、横浜、有明の3事業所、IHI愛知工場と、造船の現場を経験してきたが、日本の造船現場はフルパワーを発揮できていないと痛感した。その主因は設計・調達・建造の全ての工程における、デジタル化の遅れと考えている。JMUでの最後の1年は、こうした問題意識で取り組んだ。今は民間から研究所へと立場は変わったが、何とかその実現に貢献したい」

■一段上の開発を

 --日本造船所のデジタル化はなぜ遅れたのか。

 「設備投資を十分に行えない厳しい時期が長く、機械化が遅れたからだと私は考えている。機械化が進めば必然的にデジタル化も進むが、日本の造船所は今も、現場の人間の経験や努力に支えられている部分が大きい。これは現場の技術力が高いと言える一方、日本の造船現場で数値計画通りに物事が運ばない要因にもなっている」

 「造船業は新造商談の停滞で、今が一番苦しい時期。このため、先に機械化を進めるのは現実的でないだろう。だが企業間でのデータ共有や規格の統一など、デジタル化を加速させることは工夫次第で十分可能だと考えている」

 ――海事産業将来像検討会は企業間連携の一例として、複数造船所による水槽の実験データの共有を挙げた。

 「ぜひやりたいと考える。水槽試験は船型開発の要であり、各造船所の宝物ともいえる部分で、共有は簡単ではない。だが、各社の宝を守っている間に商売自体がなくなれば元も子もない」

 「各社がそうした危機感に基づいて宝物を開陳し合い、海上技術安全研究所(海技研)を共通のプラットフォームとしてもう一段レベルの高い船型開発に取り組むことができないだろうか。スペック通りに船を造れる能力は、中国・韓国造船も既に十分持っている。日本は開発の部分で勝つしかない」

■品質のデジタル化

 ――デジタルシップヤード実現の肝は。

 「前述の機械化・デジタル化に加えて、『品質のデジタル化』が大きなポイントになるのではないか。造船現場で長く苦闘してきた経験から、そう考えるに至った。これも簡単ではないが、海技研が日本の海事産業に貢献できるテーマの一つと捉えている」

 ――品質のデジタル化とは。

 「建造船の品質に対する評価は、昔から変わらずアナログの要素が多い。船舶の品質を評価する項目は、組み立て精度や溶接、塗装の状態など多岐にわたる。いずれもこの水準に到達すれば合格、という判断基準はあるものの、検査結果自体がアナログであるため、合否判定がばらつく。これが現場の悩みである」

 「現物の品質状態とその評価尺度を共にデジタル化できれば、造船現場はその基準を超えるための努力に集中でき、安心してものづくりにまい進できるだろう。そのためには結果をデジタル表示できる革新的な品質測定機器の開発も必要だ」

 ――船主のメリットは。

 「これまで比較的広いグレーゾーンの中で行われていた品質判定が、より合理的・効率的に進められるようになるため、船主にとっては建造品質の担保につながるだろう。品質評価のデジタル化が進めば、現場での各種検査もリモートにできる可能性がある」

■サンプリング打破

 ――品質のデジタル化にどこから着手するか。

 「船舶は建造中に各種の検査が行われるが、まずは品質結果表示のデジタル化が取っ掛かりになる。今の検査の基本は、同じプロセスで製造された対象の一部を抽出して測定し、その分布から全体を評価するサンプリング法だ。造船の検査ではこの手法が定着しているが、その当たり前を突き崩してみると、これまでと違った世界が見える可能性がある」

 ――具体的には。

 「サンプリング検査は機能しており、手法自体は問題ない。だが、デジタル技術を駆使して検査の自動化・機械化を進めれば、サンプル数を大幅に増やすことができ、最終的には一部でなく全部の検査を効率的に行える可能性がある」

 「そのようにして蓄積した建造中の検査データを船主に提供し、その各データの数値をメンテナンスのたびに船主に更新してもらえば、修繕が必要な箇所やその状態、時期をデジタル情報として追跡し、把握できる」

 「つまり検査のデジタル化は、造船所が新造船を引き渡して終わりではなく、船舶のライフサイクル全体に携わっていけるという新しいビジネスモデルにつながる可能性がある」

 「検査の判断基準を数値で明確化し、『ある時は合格なのにある時は不合格になる』、といった船主と造船所の品質に関する交渉事をなくすことが、造船所のフルパワーを引き出す第一歩になると考えている。前述のように、その検査データを有効活用できれば、海事クラスター全体にメリットがあるだろう」

■1―2年で土台構築

 ――デジタルシップヤード実現の可能性をどうみるか。

 「従来の常識を超えて実際にやるかどうかは、各造船所の経営判断にもよるだろう。1社で実行するのは難しいため、海技研というオープンな場でぜひ複数社で議論していただけたらと考える」

 「デジタルシップヤードは新たな構想で、各社がメリットやノウハウを共有しやすい。このため、複数社でのオープンな取り組みを比較的進めやすいのではないか。特にGHG(温室効果ガス)削減や自動運航船に向けた次世代船の開発は今後、国を挙げた総力戦になる。日本連合が最初にやり遂げるべく、海技研がその基盤構築の場の役割を果たしたい」

 ――スケジュール感は。

 「デジタルシップヤードは今後1―2年のうちに、ひな型を構築するつもりで取り組む。4つのプロジェクトチームも今年度から全力疾走に入り、海技研は民間企業の潜在的な課題を先回りして見つけ出すような、チャレンジングな研究者集団を目指していく。実際の経営に貢献するアウトプットをどんどん出していきたい」

 「海技研は研究対象が海上技術全般で、造船専門のプロではない。ただ、これはマイナスではなく、造船業の常識・慣習にとらわれず、研究者として純粋に科学的に、ものづくりを追求できる面もあるだろう。その成果を造船現場の知見と突き合わせて、新たな解を早期に出したい」

■しんがりと一番やり

 ――海技研の昨年の経営協議会の結論は。

 「『先端研究』と『オープン化』の2つだ。新所長として、この実行を強く意識している。先端とは、海事産業を最後尾から支える『しんがり』の役割に加えて、先頭で戦いの口火を切る『一番やり』の機能も果たそう、という意味合いだ」

 ――具体的には。

 「海技研は海事産業の多岐にわたる分野の技術課題を徹底的に検討し、基準づくりの詰めの作業を行ってきた。地味ではあるが、最後の重要な役割を担っていることから、海事産業のしんがりを務めてきたと思っている」

 「今後はそれにとどまらず、より先端に近い分野の技術研究にも挑みたい。具体的には船舶の設計や建造、品質など、造船所の実際の経営に資する領域で、いち早く課題を発見しその課題解決に貢献したい」

 「海技研は日本の海事クラスターが結集して取り組む実海域性能評価の共同研究や、船舶設計・建造過程のデジタルツイン(仮想空間に再現した複製)の研究などでは、一定のプラットフォーム機能を果たせている。一方、厳しさを増す造船所の経営の助けになるところまでは、なかなか届いていないと思う。その点の克服が今後の鍵の一つだ」

 ――オープン化とは。

 「その先端に近い研究成果を確実に社会に実装していくには、複数の企業や大学研究機関などが集まり、共同で研究できるような『オープン・プラットフォーム』が必要。海技研がその機能を強化していくということだ」

 「海技研では共同解析など船舶の設計に使えるソフトウエアを、メンバーに利用してもらえるクラウドシステムを構築中である。それを今後、造船所間の水槽での実験データ共有に活用するなど、企業間連携を促進する基盤にしていきたい」

 「実際の研究は、プロジェクトなどを通じて研究者がどんどん進めてくれている。私の役割は海技研のオープンプラットフォームに、造船業界、大学、船級、舶用品メーカーといった海事クラスターの方々や、IoT(モノのインターネット)、DX(デジタルトランスフォーメーション)関連の先進企業の方々をお招きして、みんなで議論できる場をつくっていくことと認識している」

 

 あべ・あきのり 77(昭和52)年東大工卒、石川島播磨重工業(現IHI)入社。10年アイ・エイチ・アイマリンユナイテッド(IHIMU〈現JMU〉)取締役横浜工場長、14年IHI取締役常務執行役員海洋鉄構セクター長、17年JMU常務執行役員有明事業所長、19年常務執行役員技術本部長を経て、20年4月から現職。福岡県出身、65歳。