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 印刷 2020年07月20日別版特集2面

海の日特集 海運・造船編】新型コロナ:下船できず…試算20万人超。長期停滞の船員交代、解決へ業界の英知結集を。豪PSC強化で対応急務

乗船期間を満了しても下船できない船員
乗船期間を満了しても下船できない船員

 新型コロナウイルスの発生以降、海運業界が直面し続けている問題が船員交代の停滞だ。船員の国をまたぐ移動が制限され、契約期間を過ぎても乗船を余儀なくされている船員と、長期間待機し続ける者とで二極化している。乗船期間を満了しても下船できない船員は20万人以上との試算もある。このままでは乗り続ける船員の健康確保、待機船員の生活保障などの問題が深刻化し、海上物流の維持に支障を来す可能性がある。解決に向け、海運業界全体が英知を結集する必要がある。

 船員交代は船舶の円滑航行のために不可欠なものだ。生身の人間である以上、長期間乗り続けるのにも限度があり、海上物流の安定化には適切なタイミングでの交代が必須。

 連続で乗り続けられる期間は、国際条約(海上労働条約、MLC2006)で最長12カ月と規定されている。

 ただ、実際には個々の労使協約で対応が異なり、6―9カ月程度で交代することが多いようだ。

 乗船期間満了が近づくと、船員配乗を担う船主や船舶管理会社は交代のために新規要員を手配する。交代は荷揚げやドックなど運航の節目で実施する。一般商船では二十数人の船員が乗船している。全員を1回で交代させるのではなく、数回に分けて行う。

 新たに乗り組む船員はクルーエージェントの仲介の下、交代地の港を目指す。こうした一連のオペレーションが新型コロナの発生で停滞している。

■刻々と状況変化

 2月前半ごろまでは、感染源の中国をはじめアジアの船員が敬遠される機運もあった。「欧州船社が中国人船員の代替として、東欧系の船員に注目している」との海外報道もあったほどだ。

 だが、その後感染は世界中に拡大。WHO(世界保健機関)は3月11日にパンデミック(世界的大流行)を宣言した。脅威はアジアに限ったものではなくなり、いつしか中国人船員から東欧系船員へのシフトの話題も立ち消えになった。

 世界で200万人ともいわれる全船員が感染リスクにさらされることになり、船主らは船員交代に起因する船内感染の発生を警戒するようになった。

 船内にクラスター(感染者集団)が発生すれば、運航を停止せざるを得ない―。新たに乗り組む船員が感染している可能性も考慮し、船員交代に慎重な見方が醸成されていった。

 一方で、各国の水際対策の強化などによる移動規制で国際航空路線のフライトが停滞。フィリピン、インドなどの船員供給国のロックダウン(都市封鎖)も重なり、交代地への船員の手配が困難になっていった。「交代を見合わせる」という慎重論が一時強かったが、短期間のうちに「そもそも物理的に交代できない」という状況に変わっていった。

■PSCが重しに

 船員交代が難しくなる中、2月後半ごろには船主の間で「MLC2006の連続乗船期間の上限(11―13カ月)を超えて乗り続ける船員も出始めた」との声も聞かれるようになった。

 国際条約への順守状況は各国のポートステートコントロール(PSC、寄港国検査)で確認され、不備があれば拘留(ディテンション)される。

 物理的に交代が厳しい上に、できなければ罰則まで付く。交代する場合も感染防止に最大限配慮しなくてはならない―。

 船員交代は二重苦、三重苦の問題として船主らにのし掛かっていった。

 こうした窮状を踏まえ、豪州のPSC当局AMSA(豪州海洋安全局)は3月6日、MLC2006の連続乗船規定を緩和する方針を発表。同規定を超える期間、連続乗船している場合でもPSCで拘留しない方針を打ち出した。

 MLC2006で船員の連続乗船可能な期間は最長12カ月だが、休暇の1カ月を含めるか否かで11―13カ月と運用に幅がある。批准国によって解釈は異なり、豪州は11カ月で国内法を整備していた。

 PSCに厳格なAMSAが連続乗船規定を事実上撤廃したことで、各国のPSCにも波及。コロナ禍で、連続乗船規定はPSCで検査しないという流れになった。

 AMSAの発表前まで、一部の船主の間では、豪州入港前に何とか交代を済ませようと、急きょ第三国に寄港し交代する動きが起こっていた。ただ、寄港時には入港税が発生する。船主関係者は「海運市況が弱含む中、追加のコスト増は痛手」とし、AMSAの決定に安堵(あんど)していた。

 しかし、感染拡大が長期化する中で、長らく乗り続ける船員の心身のケア、航行安全の確保の重要性が改めて見直されるようになり、7月にAMSAは再び連続乗船規定をPSCの項目に盛り込む方針に転換した。

 AMSAが7月から適用している連続乗船の上限は14カ月。もともとの11カ月よりは緩いが、船員の手配が難しい中での方針転換に、3月当時とは対照的に船主らは困惑、反発を強めている。

 AMSAのPSCで拘留を回避しようと、再び豪州入港前に長期乗船者の交代を済ませる必要性が高まった。足元(7月上旬)では、極東―豪州間を航行するケープサイズバルカーでフィリピンに直接寄港し、交代を図る動きが活発化している。

■独自の交代策模索

 船員供給国への直接寄港による交代はフィリピン以外でも行われている。

 中東―極東間を行き来する原油タンカーなどリキッド(液体)系の船舶では、デビエーション(航路離脱)を最小化する観点からインドに寄港し交代している。

 また、新造船の引き渡しでは、顧客のプライベートジェット機で船員供給国に行き、船員を乗せ、引き渡し地点の国に向かうという奇策を検討する船主も現れている。

■国際機関が後押し

 足元では3、4月ごろに比べ船員交代を取り巻く環境は徐々に改善している。シンガポールや香港、UAE(アラブ首長国連邦)などは、交代地としての門戸を段階的に開き、海運業界のニーズに応えようとしている。「欧米も徐々に交代できるようになっている」(船舶管理関係者)

 こうした規制緩和は国際機関の働き掛けが大きい。国連をはじめ、IMO(国際海事機関)、ILO(国際労働機関)、WHOなどは船員を「キーワーカー」とし、加盟各国に円滑な交代に向けた協力を要請してきた。

 当事者たるJNG(使用者側団体交渉団)とITF(国際運輸労連)の国際船員労使も情勢変化を見定めながら、雇用契約の延長などを協議してきた。

 徐々に改善しつつあるとはいえ、今なお難航する船員交代。引き続き、海運業界全体の結束と国際社会の後押しが不可欠だ。