船員支援キャンペーン第2弾
 印刷 2020年07月09日デイリー版1面

海運トップに聞く20年度の舵取り】(5):川崎汽船社長 明珍幸一氏、安全・環境・品質を強化

川崎汽船社長 明珍 幸一氏
川崎汽船社長 明珍 幸一氏

 --新型コロナウイルスのまん延による影響は、リーマン・ショックの時と比べてどうか。

 「今回は各国がロックダウン(都市封鎖)などでヒトの移動を制限した。外出が制約されることで消費活動に直ちに影響が及んで経済活動が滞り、貨物によってはリーマン・ショックの時よりもはるかに速いスピードで需要が落ち込んだ」

 「われわれが担っているのは人々の暮らしに不可欠な製品や原材料、エネルギーの輸送だ。人々の生活が徐々に元に戻ることで、リーマン後のように急回復はしなくとも、輸送需要は緩やかに回復していくと見ている」

 --海運市況への影響は。

 「リーマンの時と大きく異なるのは、新造船の発注残だ。リーマン時は金融危機前の空前の好況期に発注された大量の発注残が市況回復の足かせとなった。今回は短期的には大幅な需要減に伴う影響が生じるが、新造船の発注残は限定的なので、中長期的な海運市況の押し下げ圧力は異なる」

 「また当社はここ数年で、構造改革による高コスト船の処分や市況影響型事業の縮減により、市況変動への耐性を強化すべく努めてきた」

■船隊規模を適正化

 --新型コロナ問題にどう対処するか。

 「まずはダメージコントロールだ。一時的な輸送需要の減退に応じて船隊を縮小し、運航コストの徹底的な削減を進めている。減速や減便、停船のほか、老齢船の解撤も実行に移しつつある。主に自動車船とドライバルク船が対象だ。コロナ後の需要も見据えながら、船隊規模の適正化を図り、競争力のある船隊構成を作っていく」

 「手元流動性も確保している。前期末時点で現預金とコミットメントラインにより、月商の3カ月分に相当する手元資金を確保した。事態の不確実性を考慮して追加の手当も検討している。また不動産を含む資産売却によって自己資本を強化し、投資の全面的な見直しも進めている」

 --各国の渡航制限などで船員交代が難しくなっている。

 「海運は人々の生活を支えるライフラインで、その船の運航を担う乗組員の安全と健康は最優先事項だ。本船には十分な感染防護資材を支給した上で、寄港時や燃料補給時などそれぞれの場面に応じた感染防止マニュアルを定め、ウイルスを持ち込ませないための対策を徹底している」

 「当社運航船では約4300人の乗組員が勤務しているが、各国の出入国規制は依然として厳しく、交代は滞っている。乗船勤務が長引く船員の健康には心身両面で最大限のサポートを行い、乗組員の家族や乗船待機が長期化する船員のケアもしっかり実施している。エッセンシャルワーカーである船員の交代に各国の協力をお願いしており、少しずつだがようやく動き出したところだ」

■信頼関係ベースに

 --コロナ禍を契機に、海運業界に求められるものは変わると思うか。

 「生産拠点の分散やサプライチェーンの見直しは生じても、われわれは人々の生活や経済活動に欠かせない物資や原材料を輸送しており、海上輸送によりライフラインを支えるという根本的な役割は変わらない」

 「ただ不確実性が高まることで、お客さまが中長期の契約に慎重になり、投資を抑制することが考えられる。そのような中でもお客さまに選ばれ続けるため、これまで築いてきた信頼関係をベースに、ハード・ソフト両面でしっかり提案していく。そのために当社の強みである安全・環境・品質のさらなる向上を目指す。インドや韓国、中国など海外のお客さまとの関係もさらに強化していきたい」

 「コロナ禍に直面し、特定の事業や船種に傾注し過ぎるリスクも感じた。リーマン前に多角化を図った事業については、われわれが強みを発揮できる分野へ選択と集中を進めてきたが、一定のバランスを取った形での事業展開を今後は進めていく」

 --自動車船の輸送需要の見通しは。

 「自動車メーカーをはじめとするお客さまが生産・出荷計画を立てるのが難しい中、蓋然(がいぜん)性のある業績予想を算出する事が困難なため、通期業績予想の開示も見送った」

 「4-6月の荷量は当初の見込みから半減し、一時的に30隻近くが停船を余儀なくされた。今後の荷量回復のペースは緩やかだろう。地域別に見ても回復はまだら模様だ」

 「先進国ではソーシャルディスタンスを確保するために車は必要だと考える人もいるようだ。一方で、南米、中東など新興国では感染拡大が続いている。需要の回復には一定の時間を要すると見られるため、老齢船を中心に10隻程度を処分し、船隊の競争力強化を図る計画だ。ある意味、船隊構成をより競争力あるものに入れ替える良い機会だと考えており、需要の増減には新造船、短期用船などで対応する」

 --LNG(液化天然ガス)船事業ではマレーシアの国営石油会社ペトロナスと8万立方メートル型2隻の長期契約を結んだ。

 「ペトロナスとは短期契約でビジネス関係があった。これまでのサービス品質が評価され、今回の長期契約につながった。アジア地域を中心に小口のLNG需要の高まりが予想されており、本件のような取り組みは大事。中国の造船所へ初のLNG船発注でもあり、新しいチャレンジとなる」

 「原油価格が急落した影響は注視している。すでに投資決定済みのLNGプロジェクトが白紙に戻ることはないだろうが、資源価格下落のあおりで投資を抑制する動きがあり、プロジェクトの立ち上げが遅れ、船腹調達商談が後ろ倒しになる可能性は否定できない」

 --日本の鉄鋼メーカーや石油会社が生産能力の削減を急いでいる。

 「計画が根本的に変わったわけではない。近い将来、生じる可能性があった能力削減が、想定よりも早く来たということだと思う。日本向けの輸送需要が一定程度減退したとしても、その需要に対してしっかりと応えていくことがわれわれの使命だ」

■ONE飛躍期待

 --リーマン・ショック時と比べて、コンテナ船は市況が安定している印象を受ける。

 「10年前と比べて主要コンテナ船社の再編が進んだ。その数は半減し、アライアンスも3つに集約された。オーシャンネットワークエクスプレス(ONE)も、需要に即した機動的な配船調整がサービス品質を落とすことなく実施できている。その結果として運賃水準も安定しているようだ」

 「ONEは設立初年度の混乱を克服して、しっかり事業運営を行っている。2年目の昨年はきめ細かいマーケティング、コスト管理で黒字化を達成した。今後はもう一段の飛躍を期待している」

 --物流事業の状況は。

 「コンテナ船事業分社後のグローバルネットワークの受け皿が物流事業であり、アジア地域を中心に着実に事業展開を進めている。コロナ禍では全般に荷動き減少の影響が出ているが、Eコマース(電子商取引)に関わる事業のようにプラス影響が出ている分野もある。中核となるケイラインロジスティックスを中心に、しっかりと案件の取り込みを図っていきたい」

■デジタル技術活用

 --デジタル技術の活用に向けた取り組みは。

 「デジタル化の狙いは、われわれの強みである安全運航や環境負荷の低減をさらに深化させることだ。優秀な乗組員の知識、経験に頼っていた部分、暗黙知も含めデジタル化による情報の収集と分析に取り組んでいる」

 「機関、気象海象データは統合船舶運航・性能管理システム『K-IMS』で捕捉できるようになっており、経済運航や機器の故障の予知に役立てている。加えて、画像認識・分析、遠隔操作技術についての取り組みも進めている。パートナーと組み、加速していきたい」

 「4月1日付でAI・デジタライゼーション推進室とマーケティング戦略室を統合し、『AI・デジタライゼーション戦略グループ』に格上げした。技術部門と営業部門をメンバーとする全社横断組織である『安全環境支援技術プロジェクトチーム』も立ち上げた。デジタル技術の活用に、スピード感をもって機動的に取り組んでいく」

■LNGプラス推進

 --環境保全に向けた取り組みはどうか。

 「今年1月に発効したSOx(硫黄酸化物)規制対応は大きなトラブルなくスムーズに行えた。運航や補油に携わる関係者の入念な準備と、お客さまをはじめとした皆さまのご理解によるものだ。今後はGHG(温室効果ガス)排出削減という大きな課題に挑むことになる」

 「GHG削減を本格化させるために環境目標を定めた『環境ビジョン2050』を改訂し、2030年の中間目標の新設と、50年目標の見直しを行った。30年目標では、GHGの削減をIMO(国際海事機関)の目標である40%(08年比)を上回る50%と設定。具体的な取り組み計画を積み上げることで、この高い目標にチャレンジしていく」

 「今年度はLNG(液化天然ガス)燃料に関わるさまざまな取り組みが実現する年でもある。LNG焚(だ)き自動車船の竣工を予定しているほか、中部地区でのLNG燃料供給事業も始まる。当社グループで船舶管理を行う予定のシンガポールのLNG燃料供給船も先日進水した」

 「LNG燃料化に加え、Seawingのような『LNGプラス』となる技術の導入をすすめ、またアンモニア・水素など次世代燃料やCCS(二酸化炭素〈CO2〉回収・貯留)技術などの研究も行うことで、新たな環境ビジョンで設定したGHG削減目標の達成を確実なものにしていく」

■新しい働き方へ

 --新型コロナ対応を受け、今後の働き方は変わるか。

 「4月7日の緊急事態宣言の発令を受け、全面在宅勤務体制に移行した。本社で約500人が働いているが、同宣言が解除されるまでの在宅勤務率は95%以上だった。19年1月に在宅勤務制度を導入し制度や設備面での整備を進めていたため、今年2月末時点でも在宅勤務率が既に50%に達するなど、スムーズに在宅勤務体制に移行できたと思う」

 「在宅勤務が想像していた以上に機能することが分かり、仕事のやり方を見直す良い機会だと考えている。在宅勤務では通勤時間の削減により、育児、介護などをサポートしやすい。一方で、新人の育成や意見を交わしながら行うクリエーティブな業務は会社に集まる方がいいだろう。フェース・ツー・フェースのコミュニケーションとITを駆使したリモートワーク、双方を組み合わせた新しい働き方で、業務の効率化や多様な働き方に対応していきたい」(おわり)

 (写真は昨年11月のインタビュー時に撮影)

  みょうちん・ゆきかず 84(昭和59)年東大文卒、川崎汽船入社。10年コンテナ船事業グループ長、11年執行役員、16年取締役常務執行役員、18年代表取締役専務執行役員、19年4月から現職。59歳。