2019 日本コンテナ航路一覧
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 印刷 2019年08月13日デイリー版6面

木島榮子-私とクルーズ 半世紀を振り返って】(16)/クルーズバケーション誕生

クルーズ・バケーションの創業メンバー(右から2人目が筆者、新宿御苑前の事務所にて)
クルーズ・バケーションの創業メンバー(右から2人目が筆者、新宿御苑前の事務所にて)

 西武グループになってから、旅行商品に対するコンセプトや販売方法がそれまで「ヴァリュー・ツアー」で培ってきたものとは大いに異なりました。居心地の悪さを感じて浮かぬ顔で歩いていたところ、「ジェット・ツアー」の部長から声が掛かりました。ジェット・ツアーは、私が最初に勤めた「ニュー・オリエント・エキスプレス」から海外旅行のホールセラーとして1970(昭和45)年に発足した会社で、社長をはじめ役員や部長クラスの方々はみな旧知の仲でした。

 当時の海外部長から「菅原清美社長がこれからはクルーズの時代だと言っている。クルーズ販売の会社を立ち上げたいので、ぜひ弊社に来て今までのあなたのクルーズ販売の経験を生かしてくれないか」とのお誘いを受けました。これは良い機会と思い、松本富男部長と2人で92(平成4)年2月にヴィーヴルを退社。翌3月にジェット・ツアーの100%子会社「クルーズバケーション」が誕生しました。

 誕生時はジェット・ツアー役員の野田省三氏が代表取締役となり、私は総支配人というタイトルでしたが、翌93年から代表取締役を拝命されました。ヴィーヴル退社時、当時の赤沼道夫社長から「クルーズは難しい。プリンセス・クルーズは新しい会社に引き継いでください」と言われました。

 東京・新宿御苑前に事務所を開設。当時のメンバーはヴィーヴルで一緒にクルーズ販売をしていた松本部長、手配担当の前村あけみさん、ジェット・ツアーから経理担当の前島よう子さんと私の4人でした。会社はオープンしましたが、一向に電話も予約も入りません。毎日毎日予約台帳をひっくり返しながら、何とか1日1件の予約が入るようにと願ったものでした。

 セールス経験のない前村さんと私とで恐る恐る旅行会社巡りもしました。そんな時、東京ニュース通信社の「船の旅」編集室長だった先埼孝志さんに「ゆたか倶楽部」の松浦睦夫社長を紹介されました。クルーズ専門の旅行会社で、社長はワンマン、仕事も即断即決。「だから準備万端で面会に行かなくてはダメだ」と事前情報を頂きました。

 神田の雑居ビルにある狭い事務所に伺うと、まさに言われた通り、あいさつもそこそこに、にこりともせずギラギする鋭い目つきで「何のクルーズを売るのか」と聞かれました。こちらがカリブ海クルーズを紹介すると、「海外クルーズはほとんどやってない」と言いながら、その場でクルーズ代金は? 飛行機代は? 地上費は? 添乗員は? 保険は? などと矢継ぎ早に料金を聞かれ、机の上にあった紙に鉛筆で次々と殴り書きするように数字を書き込み、その場で部下にメモ用紙を渡して商品化してくださいました。

 その後も松浦社長の即決即断に助けられ、長い間大変お世話になりました。クルーズに対する熱い思いや将来への展望などを虎視眈々(たんたん)と、しかも独特な語り口で話すその姿、鋭く厳しい言葉の裏に隠された温かくシャイな人柄に多くの人が魅了されているのではないでしょうか。

 (クルーズバケーション社長)