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 印刷 2019年07月01日デイリー版5面

飯野海運 創業120周年】當舍裕己社長に聞く/社会の変化捉え、新しい挑戦を

主力のケミカルタンカー
主力のケミカルタンカー
飯野海運社長・當舍裕己氏
飯野海運社長・當舍裕己氏
飯野ビル外観
飯野ビル外観

 飯野海運は7月1日、創業120周年を迎えた。1899(明治32)年に飯野寅吉氏が京都府舞鶴市に飯野商会を創立し、石炭運送と港湾荷役業を開始。その後、2度の大戦や海運集約など激動の時代を乗り越え、現在はケミカル船を主力とする海運事業と、飯野ビルディングを柱とする不動産事業の両輪で強固な経営基盤を築いている。當舍裕己社長に飯野海運が積み重ねてきた歴史と新しい時代への展望を聞いた。

■独立系企業として

 --節目の年を迎えた所感は。

 「120年の歴史には重みがあり、そこには当社がさまざまな苦難を乗り越えてきた年月がある。自分たちだけで事業を続けてこられたわけではなく、お客さまをはじめとする多くの方々のサポートに感謝を表したい」

 --飯野海運の持続的成長を支えてきた社風とは。

 「変化を恐れずチャレンジする精神もあるが、“慎重さ”もある。1964年の海運集約時には、他社と比べて財務状況が悪化しており、6社体制の中に組み込まれることが難しかった。また、他の船社が合併していく中で、当社は定期航路部門を川崎汽船に分割委譲することを選択し、あくまで“飯野海運”の名前を残すことにこだわった。独立性を大事にするという過去の経営者の思いを、われわれは受け継いでいかなければならない」

 「こうした苦難の時代を経験したことで、石橋をたたくような慎重な社風が生まれた。結果として海運業だけでなく、不動産業を安定収益の基盤とし、耐久力を高めることで海運マーケットの波の中を生き残ってきた」

 「例えば2000年代後半には飯野ビルディングの建て替えに資金と人員を集中的に投じ、海運バブル期の高コスト船に過剰投資せずに済んだ。今後もバランスを重視した経営を続けていくことが重要だ」

■環境に寄与

 --次の時代を見据える上での課題は。

 「企業存続の鍵となるのは、どういう形で社会に貢献できるか、社会のニーズの変化を捉えた上でどう対応できるかを考え続けること。われわれも、次の世代も、その点を常に意識しなければならない」

 「一つのクリアすべきハードルに環境問題がある。SOX(硫黄酸化物)規制やバラスト水処理、GHG(温室効果ガス)削減など、事業活動を通じ環境に負荷を与えている企業として労力やコストをかけて軽減することはできないかという発想。よりポジティブな視点に立ち、環境を改善していく取り組みを当社のビジネスとして創り出すことはできないだろうか」

 「世の中が企業価値を評価するモノサシが変わってきている。社会にどう貢献できるかを考えた時、海運業、不動産業に加えて、新しいビジネスエリアがあるに違いない。プライドとやりがいを持って自らその中に入っていくのが一つのイメージだ。まだ時期や具体的内容は明確ではないが、世代を超えて取り組むべき中長期的な課題といえる」

 --社員へのメッセージは。

 「飯野海運の存続のために、変化を恐れず挑戦していってもらいたい。現状のモデルに固執していては、世の中の変化に取り残されて陳腐化してしまう。挑戦といってもギャンブルではなく、リスクを評価しながら、着実な姿勢で新しいものにチャレンジし、それを継続していく粘り強さが求められる」

 「当社のケミカル船事業は1970年代の終わりごろにゼロからスタートし、そこから40年かけて、いまのビジネスモデルを創り上げた。新しい柱を築くのは簡単ではない。長いトライ&エラーを繰り返した先に見えてくるものがあるはずだ」

 「ややもすると、人間は易(やす)きに流れてしまう。現状に甘んじていると、知らないうちに取り残されてしまう。自分で新しいものに挑戦し、自分で稼ぐ、という基本に立ち返ることが重要。世の中の変化のスピードがどんどん速くなっている中、120周年を当社の新しいスタートに位置付けたい」

 とうしゃ・ひろみ 81(昭和56)年早大社会科学部卒、飯野海運入社。09年総務企画グループリーダー、10年取締役執行役員、13年取締役常務執行役員、16年6月から現職。神奈川県出身、60歳。