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 印刷 2019年06月27日デイリー版6面

書評】元野一生・評:「海港の政治史」稲吉晃著(名古屋大学出版会)。定価(税別)5800円/近代の海港行政巡るダイナミズムを分析

「海港の政治史」
「海港の政治史」

 わが国の近代港湾の制度はどうやって確立したのか。これといった文献に触れることもなく、私の脳裏に霧のように漂う疑問であった。しかし、本書は、近代港湾制度の形成過程を明らかにする。明治維新前夜から終戦後までの約100年間に海港行政の一元化を巡り、列強との対峙(たいじ)、中央政府、軍部、政治家、財界、市民を巻き込んだダイナミックな動きがあった。

 まず、近代化黎明(れいめい)期における港湾の立ち位置である。1858(安政5)年、江戸幕府は関税自主権を失い治外法権を許した日米修好通商条約の締結を余儀なくされ、その後5つの港を開港する。維新後に条約を引き継いだ明治政府に対し列強はさらなる開港を要求する。明治政府は94(明治27)年の条約改正を待って、ようやく開港を拡大させる。国運をかけた脈絡での港湾の位置付けを知ることができる。

 次に、港湾法の立法はなぜ遅れたのか? 96(明治29)年に河川の格付けと国の関与を明らかにした河川法が成立。1919(大正8)年には道路法が成立する。しかし港湾法の成立は、GHQ(連合国軍総司令部)占領下の50(昭和25)年まで待たされる。著者はその理由を、海港は行政領域として複雑で海港行政の一元化が困難であったためとする。

 では、港湾法のない時代、港湾の開発はどう進められたのか? 必要に迫られた人々の挑戦は多様である。著者は、6つの時期区分に分け、維新官僚、地方長官、大蔵官僚、地方実業家、内務官僚、逓信官僚などが海港行政のアクターを担ってきたことを実証的に分析する。

 概観すると、1870年代から1900年代は地方長官の関心が海港修築に影響を与える。1890年代から1900年初頭にかけて大蔵省は、条約改正の下、関税法、保税倉庫法を制定し海港行政を主導する。1910年代から20年代、政党は内務省との協調の下、アクターとしての系列化を目指す。30年代から40年代にかけて戦時体制の下では軍部と結びついた逓信省が影響力を強め、海上輸送力と港湾荷役の効率化を図る。終戦間際に総合国策機関として企画院が設置されるものの、海港行政の一元化を含む交通省構想は実現しない。戦後も、海港行政の一元化を巡る旧内務省、大蔵省、旧逓信省の競合は継続し、最終的にGHQの意向を反映した港湾法が50年に成立するのである。

 最後に、本書を読み進むにつれ、研究を貫徹しようとする若手研究者の姿も見えてくる。官庁の公文書の多くは23(大正12)年の関東大震災で消失している。著者は、既存研究がほとんどないなか、各港に眠る公文書、報道資料や松尾文庫などの私家文書を10年余りの歳月をかけ丹念に調査し、政治学の博士論文としてまとめている。研究成果としてまとまるのか、大いに不安があったのではなかろうか。しかし、ついには隠されていた世界に一条の光を当てた。著者の洞察と努力に敬意を表する。

 (国土交通省中部地方整備局副局長)

■稲吉晃氏略歴

 いなよし・あきら 09年首都大学東京大学院後期博士課程修了。現在、新潟大学法学部准教授。